【弁護士による判例解説】法定単純承認になる「相続財産の処分」(大阪高裁平成14年7月3日判決等)

弁護士 松浦 薫 (まつうら ゆき)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号52876)

相続人が、相続財産の全部又は一部を処分したとき、その相続人は、単純承認したものとみなされます(民法921条1項)。

その主たる理由は、本来、相続財産の処分は相続人が単純承認していなければ行ってはならないことであるから、これにより黙示の単純承認が推認し得ます。

そして、そのようなことがあれば、第三者から見ても単純承認があったと信じるのが当然であると認められるため、「相続財産を処分しているのだから、相続を承認しているはずだ」という第三者(主には被相続人の債権者になると思います。)の信頼を保護する趣旨です。

以前、死亡保険金の受領が相続財産の一部の処分には当たらず、単純承認事由に該当しないとされた裁判例は、「生命保険金の受領と相続放棄」で解説されているとおりですが、その他に、どのような事例で「相続財産の処分」の該当性が問題とされ、それぞれどのような判断がされたのか、ご紹介いたします。

1 「相続財産の処分」に当たらないとされた事例

⑴ 大阪高裁平成14年7月3日判決

相続人が、被相続人の預金を解約して仏壇や墓石を購入費用の一部に充てたことが、「相続財産の処分」に当たるかが問題とされた事例です。

大阪高裁は、「相続財産の処分」に当たるとして相続放棄の申述を却下した原審判を取り消し、「相続財産の処分」に当たらないとし、相続放棄の申述の受理を認めました。

その理由としては、葬儀は社会的儀式として必要性が高く、被相続人の財産から葬儀費用を支出することは「相続財産の処分」に当たらない、と前置きした上で、葬儀の後に仏壇や墓石を購入することは、葬儀費用の支払いとはやや趣を異にするものの、一家の中心である夫ないし父親が亡くなったときに、仏壇がなければこれを購入して死者をまつり、墓石がなければこれを建立して死者を弔うことも我が国における通常の慣例であること、預貯金等の相続財産が残されており、相続債務の存在がわからない場合に、被相続人の預貯金を利用することも自然な行動であること、実際に購入された仏壇や墓石が不相当に高額ではなかったこと、購入費用の不足分は相続人が自己負担していることを挙げています。

この事例では、預貯金を解約し、墓石の購入に充てた時点では、相続債務の存在が相続人にとって明らかでなかった、という点が重要であり、相続人が相続債務の存在を明確に認識していた場合には、この判決の結論が妥当しない可能性もあり得るかと思われます。

⑵ 東京地裁平成7年12月25日判決

被相続人が生前、所有している不動産について死因贈与契約を締結し、それに基づく仮登記を行っていた事例において、相続開始後、相続人が仮登記に基づく本登記手続きを行ったことは、「相続財産の処分」に当たらない、と判断されました。

その理由としては、仮登記に基づき、相続人の義務として本登記を行うことは、通常、相続債権者を不当に害することはない、ということを挙げています。

⑶ 最高裁判所昭和41年12月22日判決

被相続人は、所有していた鍬やスコップ、自転車等を、自身が出資していた会社に無償で使用させていました。

その後、被相続人は数ヶ月行方不明となった後、死亡が発覚しましたが、相続人は、被相続人の死亡が発覚し、創造放棄手続きを行った後も、それら道具類の使用を許容していました。

このことが「相続財産の処分」に当たるのではないかと、被相続人の債権者が主張した訴訟において、裁判所は、結論として「相続財産の処分」には当たらないと判断しました。

その理由としては、道具類を無償で使用させていたのは、事実上の使用であって譲渡や賃貸借契約を締結していたものではなく、消費物資ではない物件を事実上使用させていることは、「保存行為」の域を出ない、とした原判決を支持し、処分行為には当たらない、としています。

これは、相続財産を無償で使用させる行為は全て「保存行為」だという趣旨ではなく、使用させている物の経済的価値や、被相続人の生前から使用させていたかどうか、元々使用を開始した経緯等を踏まえての判断であると考えられます。

⑷ 東京高裁昭和37年7月19日判決

相続人が、被相続人のズボンと上着を一着ずつ、第三者に与えた事実について、ズボンと上着は古着として使用に堪えないものではないとしても、交換価値はなく、経済的価値は皆無と言えないとしても、一般的経済的価格あるものの処分とは言えないため、法定単純承認事由となる「相続財産の処分」には当たらない、と判断されています。

2 「相続財産の処分」に当たるとされた事例

⑴ 最高裁昭和37年6月21日判決

被相続人の債権を、相続開始後に相続人が取り立て、収受領得する行為について、「相続財産の処分」に該当し、単純承認が認められると判断しました。

⑵ 東京地裁平成28年8月24日判決

被相続人が生前、不動産を孫に贈与するという贈与契約書を作成していたけれども、本登記も仮登記もしていなかったという事案において、相続人が被相続人から孫に対する所有権移転登記手続きを行ったことは、所有権の移転を確定的に完了させるものであり、相続債権者等の第三者にとって単純承認をしたと信ずるのも当然と認められる行為であって、「相続財産の処分」に当たるとされています。

法定単純承認に当たるか否かを直接判断した裁判例ではなく、既に他の訴訟において法定単純承認に当たると判断されてしまったところ、そのことを事前に十分に説明していなかったとして、弁護士の説明義務違反が問われた裁判例ですが、仮登記後の本登記は「相続財産の処分」に当たらないとした東京地裁平成7年12月25日判決との関連で、ご紹介しました。

3 裁判例の解説

法定単純承認事由である「相続財産の処分」に当たるかどうかは、冒頭に記載した、第三者から単純承認をしたと信ずるのも当然と認められる行為かどうか、という観点から判断されます。

「形見分け程度であれば問題ない」という表現をされることがありますが、そもそも被相続人の財産をもらい受けることが「形見分け」か「財産の処分」かは、財産の価値や量によっても評価が分かれ得るところです。

交換的価値がない、すなわち、「売却しても(ほとんど)値が付かない」か、というのは一つの判断基準になり、着古された衣類などは、ブランド品などでない限り問題にならないと思われますが、多額の相続債務があり、万が一にも相続放棄が認められないと困る、という場合には、「一切手を付けない」という対応が無難です。

判断に迷われた場合には、弁護士にご相談ください。

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