【弁護士による判例解説】「生命保険金の受領と相続放棄」 福岡高等裁判所宮崎支部平成10年12月22日決定

弁護士 八幡 康祐 (やはた こうすけ)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号57699)

今回は、死亡保険金を受領しても相続放棄ができるのかについてご説明します。

1 相続放棄の基礎知識

親が亡くなった際に、子は親の財産や借金を相続するかを決めなくてはならず、相続をする場合を「承認」、相続しない場合を「放棄」といいます(民法915条本文)。

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
(引用:民法第915条

なお、承認には単純承認と限定承認の二種類がありますが、ここでは説明の便宜上、単純承認と放棄のみを扱います。

当然ながら多くの場合、親の財産が借金よりも大きい場合には相続の承認をし、借金が多く親の財産では返済しきれない場合には相続の放棄をすることになります。

相続放棄をした場合、親の財産を受け取ることはできませんが、親の借金を返済する必要はなくなるので、親の借金が圧倒的に大きい場合には、まず相続の放棄を検討することが多くなるわけです。

そして、相続の放棄をするとなれば、原則として親の死を知った時から3カ月以内に、家庭裁判所に相続放棄の申述をすることになります。

この家庭裁判所での相続放棄の手続を行わないと、相続放棄をしたことにならないので気を付けましょう。

2 相続放棄ができなくなる場合

このように、親の借金の相続を回避できる相続放棄ですが、相続放棄ができなくなる場合がいくつか法律で定められています。

一つは、先ほど述べた3カ月の期間を過ぎてしまった場合で、3カ月の間に相続放棄をしなかった場合、自動的に相続を承認したことになります(民法921条2号)。

(法定単純承認)
第九百二十一条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

(引用:民法第921条

もう一つは、相続放棄後に相続財産を隠してしまったり、私的に消費したり、わざと相続財産の目録に記載しなかった場合で、これも自動的に相続を承認したことになります(同条3号本文)。

なお、相続放棄により相続人となった者が相続の承認をした場合には、このルールは発動しません(同号但書)。

最後に、相続人が「相続財産の全部又は一部を処分した」場合で、相続財産の処分をしてしまうと、自動的に相続を承認したことになり、もはや相続放棄はできなくなります(同条1号本文)。

したがって、うっかり亡くなった親の財産を処分してしまうと、莫大な借金があったとしても、相続放棄ができなくなってしまう危険があるのです。

そしてこの「相続財産の全部又は一部を処分した」場合に該当するか否かが、しばしば相続放棄ができるかどうかを巡って問題となるのです。

今回ご紹介する裁判例も、相続人のとある行為が、相続財産の一部の処分に該当するか問題となりました。

3 本判決の事例と第1審の判断

今回の裁判例の事案を簡単に説明すると、親が猟銃の事故で死亡し、子らが相続人となりました。

財産調査の結果、親には330万円の借金等があった一方、プラスの財産が過少であったため、子らは相続放棄の手続を家庭裁判所で行うことにしました。

一方で、親は傷害保険に加入していたため、子らは保険会社に死亡保険金200万円を請求してこれを受け取った上、保証人に迷惑をかけないよう、親の債務の一部の返済に充てていました。

その様な状況で子らが裁判所に相続放棄の手続を行ったところ、裁判所は、子らが親の死亡保険金を受領した行為や保険金で借金を返済した行為が「相続財産の一部を処分した」行為に当たるとして、相続放棄を認めませんでした。

子らはこの第1審の裁判所の判断に対して納得がいかず、即時抗告を申し立てたところ、これについて判断したのが本判決です。

争点は、死亡保険金の受領行為や、受領した保険金での親の借金返済が「相続財産の一部を処分した」に当たるか否かです。

4 本判決の判断

本判決は、子らの行為が「相続財産の一部を処分した」ものとは認められないと判断し、第1審を取り消しました。

その理由は次のとおりです。

まず、保険金の受領については、本件保険契約の約款によれば保険金の受取人は相続人となるところ、「保険金受取人を被保険者の相続人と指定した場合と同様、特段の事情のない限り、被保険者死亡の時におけるその相続人たるべき者である抗告人らのための契約であると解するのが相当である」と判断しました。

つまり、あくまで相続人が受取人とされている保険契約は、相続人のための保険契約であると判断したのです。

その上で、「本件保険金請求権は、保険契約の効力が発生した被相続人死亡と同時に、相続人たるべき者である抗告人らの固有財産となり、被保険者である被相続人の相続財産より離脱している」と判断しました。

つまり、そのような相続人のための保険契約に基づく保険金請求権は、相続人である子らの固有の財産であり、相続財産には含まれず、受領しても相続財産の処分をしたことにはならないと判断したのです。

そして、その様な保険金から親の借金を処分したとしても、子らは自分の固有の財産から弁済したのであるから、これも相続財産の一部を処分したことにはならないと判断しました。

5 本判決の意義

本判決は、相続人が受取人とされている死亡保険金を受け取ったとしても、「相続財産の全部又は一部を処分した」ことにはならず、相続放棄は可能であると判断したことに意義があります。

注意しなければいけないのは、あくまで相続人が受取人とされる場合の判断であるということです。

受取人が被相続人と指定されている死亡保険金については、相続財産に含まれると考えられますから、その様な場合に相続人が死亡保険金を受領して、これを費消してしまうと「相続財産の全部又は一部を処分した」に該当するとして、自動的に承認となり、相続放棄できなくなります。

6 まとめ

以上のとおり、相続人を受取人とする死亡保険金を受け取り費消したとしても、相続放棄は可能ですが、死亡保険金の受領以外にも、形見分けや遺産からの葬儀費用の支払等、「相続財産の一部を処分した」に該当するかどうか問題となるケースは多く存在します。

相続放棄を検討する場合には、遺産に何か手を加える前に、一度弁護士にご相談されることをおすすめします。

以上

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