【弁護士による判例解説】「遺言に記載された「一切の財産」の解釈が問題となった事例」 東京地方裁判所平成18年10月19日判決

弁護士 八幡 康祐 (やはた こうすけ)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号57699)

今回は,遺言を形式的に解釈しなかった裁判例をご紹介します。

1 事案の概要(説明の都合上簡略化しています)

亡Aの長女Yは,Aが亡くなる前日と当日に,A名義の信用金庫から合計500万円を引き出していました。Aは公正証書遺言を残しており,この遺言には次のような条項が記載されていました。

「第3条 Aは、次の金融機関に預託中の預貯金・信託・有価証券・その他遺言者名義の一切の預託財産を金銭に換価し…2分の1をYに、4分の1ずつをX及びBにそれぞれ相続させる。」

「第4条 Aは、第1条、第2条及び第3条記載の財産以外の一切の財産(債務を含む。)を包括してXに相続させる。」

そこで,Aの長男Xは,Yが払い戻した500万円は現金化されており,遺言第4条の「第3条記載の財産以外の一切の財産」に当たり,Xが全て相続したと主張して,Yに対して500万円全額の返還を求めました。

2 争点

Xの請求に対し,Yは,Aが亡くなる前日と当日に引き出された現金があるからといって,遺言第3条の対象外とすることは,Aの生前の意思に反すると反論しました。

つまり,Yが引き出した500万円が,仮にA死亡までそのまま信用金庫に預けられていた場合,遺言第3条の「金融機関に預託中の預貯金」ということになり,その2分の1はYが,4分の1はXが相続することになります。

ところが,YはA死亡の前日と当日に合計500万円を引き出し,現金化してしまったために,形式上「金融機関に預託中の預貯金」ではなくなり,「第3条記載の財産以外の一切の財産」ということになってしまったのです。そうなれば,形式的にはXが500万円全てを取得することになります。

A死亡の直前に現金化されたからといって,ここまで大きく結果が異なるのは,遺言者であるAの意思に反するのではないか,というのがYの反論です。

3 裁判所の判断

裁判所は,主に次のように判示して,Yの主張を採用しました。

①当該信用金庫の「口座は、YがAの面倒をみることが多くなったので、Yの自宅に近い金融機関で、預金の出し入れが可能になるようにするために開設された」ものであること,②「本件払戻金は、Yが、葬儀費用等に充てるため…信用金庫…から払戻を受けたものであること」,③「払い戻されたのは、Aの死亡の前日または当日であって、払戻がされなければ、A死亡時に預金として本件遺言第3条の預託財産に該当するものであったこと」,④「Aが、本件遺言第3条ではなく、本件遺言第4条により取得者が決められることを積極的に意図して行ったものではないこと」,⑤「本件遺言は、第1条及び第2条で、不動産の取得者を定め、第3条で預託財産の配分を定めているが、不動産及び預託財産以外に、Aに財産的価値が大きいものがあったとき、これを明示し、その取得者を定めるのが通常であるところ、このような記載が本件遺言にないこと」が認められる。

そうすると,「本件遺言第4条の「第1条、第2条及び第3条記載の財産以外の一切の財産」とは、少額の財産の帰属を定めたものと解する方が本件遺言の文面の記載として自然である」。

「以上のような事実を考慮すると、本件払戻金は、預金ではなく、現金であるが、本件遺言第3条により取得者が定められるものであり、本件遺言第4条により定められる財産であるとは認められない。」。

裁判所は,以上のように判示して,500万円については第3条に従って分配するよう判決を出しました。

4 まとめ

遺言は人の最後の意思表示ですから,できる限り,遺言者の意思を合理的に解釈すべきとされています。

本判決も,預金の払い戻し理由や経緯,そして遺言の文言全体を踏まえて,「一切の財産」の意味を解釈し,形式的には現金でも預託財産に該当すると判断したのです。

以上

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