【弁護士による判例解説】「相続放棄と不動産登記」 最高裁判所昭和42年1月20日判決
不動産に関する権利関係は、登記によって公示されます。
皆さんも一度は見たことがあるかもしれませんが、不動産の登記は法務局へ行けば誰でも取得することができますので、登記を見て、不動産の所有者が誰か、といったことを調べることが可能です。
ただ、登記は必ずしもタイムリーになされるとは限りません。売買契約が成立しているのに、登記上の名義が売主のままになっている場合、買主は、第三者に対して自分が所有者であると主張できない(法的には「対抗できない」といいます。)というのが、民法の基本的なルールです。
今回は、相続放棄の場合にも、その民法の基本的なルールが適用されるか、という点について、最高裁判所昭和42年1月20日判決をご紹介します。
1 事案の概要
被相続人Aが亡くなり、相続財産として不動産があり、法定相続人は全部で7名いました。
このうち、BとCを除く5名は相続放棄をしたため、不動産は、BとCが所有することになりました(訴訟の途中で、Cも相続分を放棄し、最終的にはBの単独所有になります。)。
しかし、BとCが所有しているという登記をする前に(Aが所有しているという登記になっているままのときに)、相続放棄したDに対して債権を持っていたYが、Aの相続人らが法定相続分どおり相続していることを前提として、Dの不動産に対する持分を仮差押えし、その旨の登記をしてしまいました。
不動産を所有しているBとCは、Yに対して、Dは相続放棄をしたため、不動産の持ち分は持っていないから、仮差押えは違法であり、仮差押え登記は取り消すべきだと主張し、訴えを起こしました。
2 第1審、控訴審判決の概要
名古屋地方裁判所での第1審、名古屋高等裁判所での控訴審は、共に、相続放棄によって不動産の持ち分を得ることも、登記しなければ第三者に対抗することはできず、BとCが不動産登記をしていなかった以上、第三者であるYに対抗することはできないとして、訴えを退ける判断をしました。
その判断に対してBが上告した結果、最高裁判所は、以下のように判断しました。
3 最高裁判所判決の概要
最高裁判所は、控訴審判決を破棄、第1審判決を取り消し、Bの請求を認めて、不動産に対する仮差押えの登記を抹消するよう判断しました。
その理由としては、相続放棄は相続開始のときに遡って効果を生じるところ(民法939条)、これは、「相続放棄をした者は、初めから相続人とならなかった」という趣旨と解すべきであり、期限内に相続放棄をした者は、「相続開始時に遡って相続開始がなかったと同じ地位におかれることとなり、この効力は絶対的で、何人に対しても、登記等なくしてその効力を生ずると解すべきである」と述べられています。
そして、Dの相続放棄が受理されている以上、Dが持分権者であることを前提としてなされた仮差押えには効力がなく、仮差押登記も無効であるとして、登記の抹消を命じたのです。
4 最高裁判決の解説
冒頭で述べた売買の例で言えば、売主もある時点までは確かに所有者であり、売買契約によって買主に所有権が移っているとしても、第三者に対しては、その所有権移転の登記をしない限り、所有権の得喪を対抗することができません。
しかし、相続放棄の場合は、そもそも最初から相続人ではなかった、つまり、一瞬たりとも所有者だったことはない、ということになります。
そのため、売買の場合とは異なり、対抗問題にならず、登記上の表示にかかわりなく、その不動産を相続放棄した者の所有物(共有物)とすることはできない、というのが、最高裁の判断です。
相続と登記の関係で言えば、令和6年4月1日から、相続登記の義務化が施行されます。
いずれにせよ、無用なトラブルを避けるためにも、相続に関する不動産登記は、適時に行うことをお勧めします。