【判例解説】住宅ローン等の借金がある場合の遺留分侵害額の計算の仕方(最高裁判所平成8年11月26日最高裁第三小法廷判決)

代表弁護士 多湖 翔 (たこ つばさ)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号46487)

多額の財産を有する方ほど、住宅ローンや、アパートの建築のためのローン等、多くの債務を有していることが多いです。

今回は、借金がある場合の遺留分侵害額の計算について解説します。

判例当時は遺留分減殺請求といって、現在とは制度が異なり、不動産等に対する権利の主張も出来ていたのですが、現在は遺留分侵害額請求といって、現金での請求をする制度に切り替わっています。ですが、考え方は同じですのでご紹介します。

1 事実の概要

被相続人は「夫」で、相続人として妻と子ども4人がいましたが、そのうちの一人の子ども(被告)に対して全ての遺産を包括遺贈する旨の公正証書遺言を残して他界しました。

残された妻(原告)と、子どものうちの二名(原告)がこの遺言を不服として、遺留分減殺請求(現在は遺留分侵害額請求といいます。)を行いました。遺産としては、多数の不動産と、預貯金、債権と共に、銀行からの多額の借入債務も存在しました。

借入債務については、相続開始後に被告が全額弁済しており、被告は原告らに対して、自らが弁済した金額について求償権を有すると主張したところ、原告らは、遺留分減殺後に被告が勝手に売却した一部不動産(訴訟で登記を求めているものとは別の不動産)について損害賠償請求権を有しているから、それと相殺を行うことで、遺留分算定において相続債務の考慮など不要であると主張しました。

そのため、遺留分算定において、借入債務の存在をどのように取り扱うのが適切か判断されたのがこの事案です。

2 最高裁の判断

この点、最高裁判所は、「被相続人が相続開始の時に債務を有していた場合の遺留分の額は、民法1029条、1030条、1044条に従って、被相続人が相続開始の時に有していた財産全体の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、それに同法1028条所定の遺留分の割合を乗じ、複数の遺留分権利者がいる場合は、更に遺留分権利者それぞれの法定相続持分の割合を乗じ、遺留分権利者がいわゆる特別受益財産を得ているときは、その価額を控除して算定すべきものであり、遺留分の侵害額は、このようにして算定した遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産がある場合は、その額を控除し、同人が負担すべき相続債務がある場合はその額を加算して算定するものである。」と判示しました。

同時に、被告が相続開始後に相続債務を完済している求償権の点については、相続開始時に債務があったかどうかが重要であって、相続開始後に弁済等を行っていても結論に影響はなく、上記のとおり算定さえすればそれでよいとして求償権を否定しています。

3 今では当たり前の考え方

最高裁が述べている、被相続人が相続開始の時に債務を有していた場合について、正の財産から負の財産を差し引き、残りについて遺産分割や遺留分の算定の基礎とする考え方(その後、弁済されていようと相続開始後の事情であり関係がない。)については、今では、様々な相続関係の書籍に記載されている常識的な考えとなっています。

しかし、この判例の第1審や地方裁判所や原審の高等裁判所は、相続開始後に生じた弁済や損害賠償といった事情によって、相続債務を加味しないで遺留分算定を出来るかのような結論を取っています。

後の世の常識的な考え方であっても、採用されないことがあるという点で、裁判とはやはり怖いものであるということを感じさせます。

現在は、遺留分侵害額請求という制度に切り替わりましたので、昔のように不動産などを対象に「いくら分請求できるから、どの割合の持ち分を請求しなければ。」を考える必要がなくなり、「現金として、いくら請求できるか。」だけを考えればよくなったので、上記の最高裁の考え方で計算してその金額を相手にそのまま請求すれば良く、よりイメージしやすくなりました。

プラスの財産からマイナスの財産を差し引いて、自らの遺留分割合を求めるというシンプルな考え方です。相続開始後に色々と相続債務を弁済していてもそれは関係がないということです。

4 相続開始後に弁済をしても、経済的に損はしていない。

全ての遺産の遺贈を受けたり、相続した方は、借金も全てついてきてしまいます。

ですので、他の相続人から遺留分の請求を後からされたとしても、遺留分を請求するならあの時払った借金の一部を払ってよ(求償)ということは出来ません。

その代わり、そもそもの遺留分侵害額請求の際に、相続債務を遺産から差し引いて考慮することで、他の相続人が貰える遺留分侵害額が減額されますから、経済的には損はしないというのがこの最高裁判例の考え方です。

5 終わりに

遺産に借金が含まれる場合、住宅ローンなどのように金融機関からの借金については金融機関から取引明細等を取り付ければ、確認は簡単ですが、個人の債権者からの借金が含まれている場合には、その借金をいくらと評価すればいいのかというのが客観的証拠上明らかではなく、争いになることが多くあります。

遺産の評価に迷った場合は、まず相続を多く取り扱っている弁護士への依頼をお勧めします。

以 上

初回60分相談無料

相続トラブル・手続きのお悩みはお任せください

要予約

無料相談予約はこちら

0120-359-138
平日9:00〜18:00 ※ご予約で夜間土日祝対応可能
24時間受付中/メール相談予約フォームはこちら
※土日祝除く / 夜間・土日祝相談対応可能(要予約) / 相続相談に限る。