【弁護士による判例解説】「相続放棄と単純承認」

弁護士 根岸 小百合 (ねぎし さゆり)
多湖総合法律事務所 代表弁護士
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号44683)
保有資格 / 弁護士

1.法定単純承認事由

相続人が相続財産の「処分」をしたときには、相続を単純承認したものとみなされることから(民法921条1号)、相続放棄ができなくなります。

また、相続放棄をした後であっても、相続財産を「隠匿」したり、「私にこれを費用」したりした場合は、単純承認したものとみなされます(同3号)。

そこで、単純承認したとみなされる「処分」や「費消」とはどのような行為をいうのでしょうか。

この点について、以下、裁判例を踏まえ説明します。

2.大阪高等裁判所平成14年7月3日決定

(1)事案の概要

被相続人Aは、平成10年4月27日に死亡しました。Aの妻X1、長男X2は、Aの残した預貯金を解約しその解約金302万4825円をAの葬儀費用、仏壇、墓石の購入費用に充て、不足する分は自分達で負担しました。

その後、平成13年10月頃になって、信用保証協会から亡A宛の通知が送られ、約5900万円の保証債務の存在を知ることになりました。

そこで、X1、X2は、その約1か月後に相続放棄の申述申立をしました。

これに対し、原審は、相続財産をもって墓石を購入しその代金を支払った行為が法定単純承認にあたるとして、申述を却下したため、Ⅹ1、Ⅹ2が即時抗告しました。

(2)判断

Ⅹ1らの即時抗告に対して、大阪高裁は以下の通り判示しました。葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀礼として必要性が高いものである。

そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴う。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。

したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」には当たらない

葬儀の後に仏壇や墓石を購入することは、葬儀費用の支払とはやや趣を異にするが、一家の中心である夫ないし父親が死亡した場合に、その家に仏壇がなければこれを購入して死者をまつり、墓地があっても墓石がない場合にこれを建立して死者を弔うことも我が国の通常の慣例であり、預貯金等の相続財産が残された場合で、相続債務があることが分からない場合に、遺族がこれを利用することも自然な行為である。

そして、X1らが購入した仏壇及び墓石は、いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上、X1らが香典及び本件貯金からこれらの購入費用を支出したが不足したため、一部は自己負担したものである。

X1等が本件貯金を解約し、その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が、明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)に当たるとは断定できない。

(3)考察

民法921条1号の立法趣旨は、相続人が単純承認をしない限りしてはならない行為があれば黙示の単純承認があると推認できるし、処分を信頼した相続債権者、他の相続人その他の第三者を保護する必要があることにあります。

したがって、一般の処分行為すべてが同号の「処分」に該当するわけではなく、単純承認とみなされるという法的効果を与えるのに妥当な程度の処分であることが必要とされます。

そして、経済的価値がないとはいえないとしても、経済的に重要性を欠く物の処分、いわゆる「形見分け」については法定単純承認に該当しないと考えられています(東京地裁平成21年9月30日判決参照)。

ノートパソコン、ブラウン管式テレビ等の家電製品を無償譲渡した行為について形見分けのような行為として「処分」とは認めなかったもの(前掲東京地裁平成21年9月30日判決)、被相続人が着古した衣類(上着とズボン)を贈与した行為について、いわゆる一般的経済価格あるものの処分とはいえないとして「処分」にあたらないとしたもの(東京高裁昭和37年7月19日決定)等があります。

このように考えると、本件裁判例で問題となっている預貯金については、経済的価値を有することが明らかであって、これらを解約したり使用したりすることは、「処分」や「費消」にあたることになりそうです。

しかし、本件裁判例は、被相続人の貯金を解約し、その一部を葬儀費用に充てた行為の他、仏壇や墓石の購入費用に充てた行為についても、遺族として当然とされる部類に属するものとして、明白に「処分」に当たるとは断定できないと判示しました。

もっとも、葬儀費用や仏壇等の購入費用を支出するためであれば、相続財産を使用しても「処分」に当たらないと安易に考えることはできません。

処分該当性については、被相続人の生前の地位、相続財産の額、葬儀費用等の額、不足額について相続人の負担の有無等の個別的な事情が影響すると考えられます。

また、本件裁判例は、あくまでも相続放棄の申述を受理すべきか否かの判断を行ったものであるところ、申述が受理されたとしても、相続放棄が有効であることを確定するものではありません。相続放棄の有効無効を別途訴訟で争うことは可能です。

以上からすれば、相続放棄を行おうとする場合には、たとえ葬儀費用や仏壇等の購入費用に充てる場合であっても、遺産である預貯金を使用することは避けた方が無難であると考えます。

以上

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