【弁護士による判例解説】遺言執行者の通知義務(東京地裁平成19年12月3日判決)
遺言の内容を実現するため、遺言によって遺言執行者が指定され、また、家庭裁判所によって遺言執行者が選任されることがあります。
遺言執行者の権利義務については、令和元年7月1日に施行された改正民法1012条1項では、「遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と定められています(この「遺言の内容を実現するため、」という文言は、改正前の条文にはなく、遺言執行者が遺言の内容の実現を目的とすることが明記されることとなりました。)。
相続人の立場からは、遺言の執行状況がどうなっているか、高い関心を持っているのが通常であり、遺言執行者がいつ就任して任務を開始したのか、不動産をいつ処分するのかなど、遺言執行者に通知を求めたいところだと思います。
そこで、遺言執行者の相続人に対する通知義務の有無や内容について判断した相続法改正前の裁判例として、東京地方裁判所平成19年12月3日判決をご紹介いたします。
1 事案の概要
被相続人には、配偶者や子、親はおらず、法定相続人は弟と甥、姪の3人でした。被相続人は生前に遺言書を作成しており、不動産を含む被相続人の財産を全て換価し、特定の宗教法人に遺贈する、という内容です。
そして、遺言書の中で、被告らを遺言執行者に指定していました。被相続人が亡くなった後、遺言執行者らは、遺産である不動産を法定相続人らの名義とする相続登記をした上で、第三者に売却しました。
法定相続人らは、遺言執行者から何の連絡もなかったため、登記を調べたところ、不動産について自分たちの名義で相続登記されていたことを知りました。登記に記載されている不動産の買主を通じて遺言執行者らに連絡をとったけれども、遺言の具体的な内容や遺言執行の詳細については、説明がありませんでした。
そこで法定相続人らは、自分たちに対する相続財産目録の交付や、遺言執行者の就任通知や、不動産を処分する際の事前の連絡等、遺言執行の状況に関する説明や報告がなかったとして、遺言執行者らに対し、損害賠償を求める訴訟を提起したのです。
原告らの請求に対し、遺言執行者である被告らは、原告らは被相続人の弟、甥、姪であり、遺留分がないため、相続財産目録の交付を受けなくても損害が発生しないこと、遺言執行者による一連の登記手続において相続人の関与は予定されていないため、相続人らへの事前の通知は必要がない、と反論しました。
2 裁判所の判断
これについて、東京地方裁判所は、次のように判断しました。
まず、相続財産目録の交付については、民法1011条1項に「遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。」と規定しているところ、相続人が遺留分を有するかどうかは区別をしていないことから、遺留分を有しない相続人に対しても相続財産目録を交付する義務がある、と判断しました。
また、遺言執行の状況や結果についても、相続人が遺留分を有するかどうかを問わず、遺言執行者としての善管注意義務(民法1012条2項、同645条)として、基本的には適宜説明や報告をしなければならない、としました。
ただし、常に個々の遺言執行行為に先立って通知しなければならないか、という点においては、遺留分を有しない相続人による遺言執行行為への過度の介入を招き、かえって適正な遺言の失効を妨げる結果となることがないよう、相続人に対する説明や報告の内容や時期は、適正かつ迅速な遺言執行を実現するために必要であるか否か、その遺言執行行為によって相続人に何らかの不利益が生じる可能性があるかなど、諸般の事情を総合的に勘案して、個別具体的に判断すべきである、としています。
そして、遺言執行者に就任した際に、相続人に対する通知が必要か、という点では、当時の民法にはそのような規定がなかったため、一般的には当然に通知しなければならないとはいえない、としました(この点については後述しますが、民法が改正されています。)。
相続財産を処分する際に、相続人に対する事前の通知が必要か、という点についても、一般的には当然に通知しなければならないとはいえない、としながらも、相続人が遺言の存在を知らずに、自身が相続しているものと思って相続財産を処分してしまい、後から取引の法的効果を否定されることになったり、一時的にでも相続人に対する相続登記がなされることで、相続人の知らないうちに譲渡所得税や固定資産税等が賦課され、相続人が不安に陥ったりといった不利益を被るおそれがあるため、遺言執行者の善管注意義務として、不動産の換価処分に先立つ通知は必要である、としています。
3 裁判例の解説(相続法改正を踏まえて)
上記裁判例では、遺留分を有しない相続人に対しても、相続財産目録を交付し、遺言の執行状況を適宜説明、報告する必要があるとされ、その根拠としては、遺留分を有しない相続人にも不利益が生じ得る、という点が挙げられています。
相続財産目録の交付について、被告らは、原告らは遺留分を有しないから相続財産目録を交付しなくても損害がない、と反論していますが、本判決では、遺留分を有しない相続人は、相続財産全部を相続人以外に遺贈するという内容の遺言が真実であれば、相続に関するすべての権利を喪失するため、包括遺贈の成否等について直接確認する法的利益がある、として、遺留分を有しない相続人の具体的な法的利益を認めました(もっとも、最終的な賠償額は、本件に関して支出した弁護士費用や慰謝料など、原告一人あたり25万円と認定しています。)。
裁判例の判断のうち、遺言執行者に就任した際の通知という点については、令和元年7月1日に施行された改正民法1007条2項で、相続人に対する通知義務が明文化されました。
裁判例では、「一般的には当然に通知しなければならないとはいえない」と判断されていましたが、令和元年7月1日以降に発生した相続に関しては、「遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。」とされています。
この対象となる相続人も、遺留分を有するかどうか区別されていないので、遺留分を有しない相続人に対しても、等しく通知義務を負うものと思われます。
なお、遺言執行者は、遺言で指定されていたら必ず就任しなければならないということはなく、就任を辞退することもできます。
辞退した際の通知義務は、条文に定められていませんが、後々トラブルに巻き込まれることを防ぐためにも、相続人らに対して、内容証明郵便など記録に残る形で、辞退する旨を連絡した方が良いでしょう。