【弁護士による判例解説】「相続人になることができなくなる相続欠格とは」
今回は、相続人となることができなくなる、相続欠格制度のうち、生命侵害に関する1号を中心にご説明します。
1 相続欠格制度
民法891条は、相続欠格制度について定めています。これは、相続人が一定の非行をした場合に、法律上当然に相続権を剥奪する制度です。
どのような場合に相続権が剥奪されるのかについて、同条は以下のように定めています。
1号 故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者
2号 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者。ただし、その者に是非の弁別がないとき、又は殺害者が自己の配偶者若しくは直系血族であったときは、この限りでない。
3号 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者
4号 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者
5号 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
引用:民法第891条
以下では、同条1号の欠格事由について、詳しく説明していきます。
2 1号 被相続人または先順位若しくは同順位相続人の生命侵害
⑴ 同条1号によれば、たとえば親が被相続人で、その子が相続人である場合、親を殺害した子、親の配偶者を殺害した子、子自身の兄弟姉妹を殺害した子は、相続権を剥奪され、親を相続することができなくなります。
⑵「故意に…死亡するに至らせ、又は至らせようとした」というのは、殺意をもって死亡させ、または死亡させようとしたことをいい、実際に死亡結果が生じた既遂であっても、死亡結果が生じなかった未遂であっても、同号の適用対象です。
同号は、殺意ある故意犯が対象ですから、殺人罪(刑法199条)のみならず、自殺関与罪(刑法202条前段)や同意殺人罪(刑法202条後段)も含まれます。
自殺関与罪というのは、人に自殺する意思を生じさせたり(自殺教唆)、自殺を容易にさせる(自殺幇助)罪です。
例えば、自殺する意思のない親を子が唆して、自殺を決意させ、自殺を行わせた場合や、自殺を決意した親の自殺行為を、子が物理的・精神的に援助し、自殺を遂行させた場合には、自殺関与罪として同号の適用対象となります。
同意殺人罪というのは、被害者から自分の殺害を行為者に依頼し、それに従って行為者が被害者を殺害したり(嘱託殺人)、行為者から被害者に殺害を申し込み、被害者がそれに納得した上で、行為者が被害者を殺害する(承諾殺人)罪です。
例えば、親が殺害を子に依頼し、それに従って子が親を殺害した場合や、子が親を殺害すると申入れ、これを受け入れた親を殺害した場合には、同意殺人罪として同号の適用対象となります。
⑶ 同号が適用されるには、刑に処されている必要があります。
つまり、殺人等の罪により有罪判決が確定している必要があるのです。
なお、有罪判決に執行猶予が付いた場合、猶予期間が無事経過した場合、刑の言渡しが効力を失うことになります(刑法27条)。
そのため、学説の多数説は、取消なしに猶予期間が過ぎれば遡って欠格事由が無かったことになると解しているようです。
3 相続上有利になろうとする積極的な動機・目的が必要か
⑴ 同号には「故意」が必要とされていますが、「故意」には、殺意の他、さらに相続上有利になろうとする積極的な動機・目的まで要求されるでしょうか。
欠格制度は、相続人となる資格を当然に失わせる強力な制度のため、故意の要件を加重し、できるだけ適用される範囲を制限すべきではないか、という考え方があるため、このような議論がなされています。
⑵ 891条5号について、最高裁判所平成9年1月28日判決は、「遺言書の破棄又は隠匿行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、これを遺言に関する著しく不当な干渉行為ということはでき」ないと判断して、「不当な利益を目的とする」ことが必要であると判断しています。
しかし、この判例は同条1号のように生命侵害がなされている場合にまで、故意の要件を加重すべきかどうかは判断していません。
⑶ この点、先程述べたように、刑に執行猶予が付いた場合、猶予期間経過後、遡って欠格事由が無かったことになると考えれば、891条1号の「殺意」のみで十分であるという考え方があります。
なぜなら、執行猶予が付くか否かの判断には、殺害の動機も検討されるため、刑事裁判の段階で、既に動機については考慮されていると考えられるからです。
殺意を持って被相続人を殺害しておきながら、加害者が相続人として相続により利益を受けること自体、不当なことであり、基本的には欠格事由に当たるものの、情状酌量により執行猶予が付されるような限定的な場合に限り、欠格事由に当たらないという考え方は、一般的には倫理観にも合致するような気がします。
4 欠格事由がある場合の遺産分割
相続人間で欠格事由に争いがある場合、まず相続人の地位不存在確認請求訴訟を行い、これにより相続人を確定した上で、遺産分割を始めることになります。
以上