【弁護士による判例解説】推定相続人の廃除が認められる場合/認められない場合(東京高等裁判所平成23年5月9日判決等)
被相続人が、全ての財産を推定相続人の一人に相続させる旨の遺言を作成していたとしても、きょうだいや甥・姪を除く他の推定相続人には、遺留分が認められます。
しかし、生前に推定相続人から被相続人に対する虐待などがあっても、被相続人はその推定相続人に対し、遺留分を与えなければならないのでしょうか。
民法には、被相続人に対して虐待や侮辱、著しい非行を行った推定相続人について、被相続人の意思で「廃除」するという制度があります。「廃除」された推定相続人は、相続において遺留分も得ることができなくなります。
「廃除」の方法には二通りあり、一つは、被相続人自ら、生前に裁判所に廃除を申し立てる方法で、もう一つは、遺言で推定相続人を廃除する旨記載し、遺言執行者が裁判所に廃除を申し立てる方法です。
どちらの場合も、申立てをすれば当然に廃除できるというわけではなく、裁判所の審査を経て、廃除を認めてもらう必要があります。
どういう場合に廃除が認められ、また、どういう場合に廃除が認められないのか、高等裁判所における裁判例を複数ご紹介いたします。
1 廃除が認められた事例
⑴ 東京高等裁判所平成23年5月9日判決
被相続人が、養子縁組をした姪に対し、遺言で廃除を求めた事案において、東京高等裁判所は、推定相続人である姪が、①被相続人が約10年間、入院や手術を繰り返していたことを知っていながら看病等をしなかったこと、②被相続人が実妹(姪の母親)に対して提起した建物明渡訴訟を取り下げるよう執拗に迫ったこと、③被相続人が提起した離縁訴訟の手続をいたずらに遅延させるような対応を行ったことを認定し、廃除事由である「著しい非行」に当たるとして、廃除を認めました。
⑵ 大阪高等裁判所平成17年10月11日判決
被相続人が、唯一の推定相続人である長男に対し、生前に廃除を求めた事案において、大阪高等裁判所は、推定相続人である長男が、①被相続人に繰り返し暴力を振るっていたこと(長男は否定していましたが、被相続人の供述内容や、長男の主張態度から認定しました。)、②被相続人の預貯金から無断で約3582万円を引き出したこと、③根拠がないのに被相続人が精神障害ないし人格異常である旨の主張を繰り返し、被相続人に重大な侮辱を与えたことを認定し、廃除事由である虐待、重大な侮辱、著しい非行があるとして、廃除を認めました。
⑶ 大阪高等裁判所平成15年3月27日判決
被相続人が、推定相続人である長男に対し、遺言で廃除を求めた事案において、大阪高等裁判所は、推定相続人である長男が、①被相続人から管理を任されていた収入資産を横領し、ギャンブルにつぎ込み、被相続人に多額の借入れや自宅の売却を余儀なくさせたこと、②被相続人から継いだ会社の代表取締役を退任させられたことに反発して、虚偽の金銭消費貸借契約書や賃貸借契約書を作出して被相続人を困惑させ、被相続人に訴訟対応を余儀なくさせ、多大な心労を背負わせたことを認定し、廃除を認めなかった原審を覆し、廃除を認めました。
2 廃除が認められなかった事例
⑴ 東京高等裁判所平成8年9月2日判決
被相続人が、推定相続人である長男に対し、遺言で廃除を求めた事案において、東京高等裁判所は、廃除を認めた原審を覆し、廃除を認めませんでした。
東京高等裁判所は、「推定相続人の廃除は、遺留分を有する推定相続人が被相続人に対して虐待及び侮辱並びにその他の著しい非行を行ったことが明らかであり、かつ、それらが、相続的共同関係を破壊する程度に重大であった場合に、推定相続人の相続権を奪う制度である。
右廃除は、被相続人の主観的、恣意的なもののみであってはならず、相続人の虐待、侮辱、その他の著しい非行が客観的に重大なものであるかどうかの評価が必要となる。
その評価は、相続人がそのような行動をとった背景の事情や被創造人の態度及び行為も斟酌考慮したうえでなされなければならない。」とした上で、被相続人と長男が不仲になった背景には、被相続人の妻と長男の妻の、いわゆる嫁姑の不仲があり、何の理由もなく一方的に力づくの行動や侮辱と受け取られるような言動をとったものではないこと、被相続人との同居に際して長男が改築費用の相当額を負担し、家業の農業を手伝ってきたこと、長年同居を続けてきたことなどを考慮して、相続的共同関係が破壊されていたとまでは言えないとし、廃除を否定したのです。
⑵ 名古屋高等裁判所平成2年5月16日判決
被相続人が、推定相続人である長男に対し、暴力や無視といった身体的・精神的虐待を主張し、廃除を求めた事案において、名古屋高等裁判所は、原審判を維持して、廃除を認めませんでした。
名古屋高等裁判所は、長男やその妻が、被相続人に対して少なからず暴力を振るったこと、被相続人の妻の看病を拒んだこと、長男が被相続人と長男の妻との間の不和の調整的役割を果たさなかったことは事実として認定しつつ、抗告人からも物を投げつけるなどの行動があり、反省・謝罪を要求しては応じなければ攻撃するといった抗告人の行き過ぎた言動にも起因していたことなどを考慮して、被相続人が受けた暴行・傷害・苦痛は、廃除事由に該当するものとは認められないとし、廃除を否定しています。
3 裁判例の解説
遺留分は、相続人の最低限度の生活の保障という意味合いがありますから、その遺留分すら失わせる「廃除」は、そう簡単に認められるものではありません。単に不仲であった、疎遠であったという程度では足りず、一切の財産を与えないことが相当と言えるほどの事情が必要になります。
廃除が認められなかった二つの裁判例を見ますと、推定相続人から被相続人に対する暴行や非行があったとして、そのことについて被相続人側に責任のない一方的なものだったか、というのが、一つの判断基準になっているように思われます。
また、廃除事由は裁判所に判断してもらわなければならないため、証拠を残しておく必要があります。
特に、生前に推定相続人とのトラブルを避けたいといった理由で、遺言によって廃除を求める場合には、遺言執行者が申立てをすることになりますので、遺言執行者において十分な申立てができるよう、遺言執行者に証拠を託しておくべきです。
一方で、廃除を申し立てられた側においても、その理由が相当でないと考える場合には、従前の被相続人との関係性や、トラブルに至った経緯等を丁寧に主張立証して、申立てに対応する必要があります。
推定相続人の廃除を考えている場合や、思いがけず廃除の申立てを受けた場合は、一度弁護士にご相談ください。