【弁護士による判例解説】「負担付遺贈における相続人ではない受益者の地位」 東京地裁平成30年1月18日判決

弁護士 松浦 薫 (まつうら ゆき)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号52876)

遺言で負担付遺贈(財産を遺贈する代わりに、受遺者に何らかの負担を求めるもの)がされたにもかかわらず、受遺者が負担を履行しなかった場合、受益者(負担により利益を受ける者)はどうすれば良いのでしょうか。

この点について、民法1027条は、「負担付遺贈を受けた者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めてその履行の催告をすることができる。

この場合において、その期間内に履行がないときは、その負担付遺贈に係る遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができる。」と定めています。

しかし、民法1027条は、履行の催告や遺言の取消しを請求できるのは、あくまで「相続人」であるとしています。

それでは、受益者が相続人以外の者であった場合には、負担の履行がされなくても、何もできないのでしょうか。

1 事案の概要

遺言者には、子Aと、孫であるX、Y、B、Cがいました。

遺言者の法定相続人は子であるAですが、遺言者は、全ての財産を孫のYに遺贈する代わりに、YからX、B、Cに対して、財産の6分の1ずつを与えるものとするという、負担付遺贈を内容とする遺言を作成して亡くなりました。

Xは、Yに対して、負担の履行を求めて訴訟を提起しました。

Yは、民法1027条が主体を相続人に限定していることを理由に、相続人でない受益者(X)は受遺者(Y)に対する直接請求権を持たないとして、Xの請求を争いました。

2 判決の概要

東京地方裁判所は、Xからの請求を認めました。

その理由としては、①相続人でない者からの直接請求権を認めないと、受遺者が任意の履行をしない限り受益者は利益を受けることができず、遺言者の意図した目的を達せられなくなること、②民法1027条によって相続人が遺言を取り消したとしても、相続財産は相続人が取得することになり、受益者が利益を得られないこと、③民法1002条2項(受遺者が遺贈を放棄した場合に受益者が受遺者になるという規定)が、遺贈の受益者を一定の利益を受けるべき者と位置付けていること、④民法1002条1項が負担付遺贈の受遺者は遺贈の目的の価額を超えない限度でのみ負担を負うと定めており、受益者からの直接請求権を認めても受遺者に不当な不利益が生じないこと、⑤そもそも受遺者は負担の軽重を考慮して負担付遺贈を放棄することもできること、⑥民法1027条やその他の条文において、相続人以外の受益者の直接請求権が明確に否定されていないこと、が挙げられています。

3 判決の解説

相続人ではない受益者から受遺者に対する直接請求権について、学説は、これを肯定する説と否定する説に分かれています。

本件判決は、地方裁判所の判断ではありますが、裁判所として肯定の見解をとった先例であると言えます。

上記で説明した理由①のとおり、受益者に直接請求権が認められないとすると、受遺者が任意の履行をしてくれなかった場合、受益者はどうすることもできないという結論になってしまいます。

否定説では、受益者は単なる負担の履行に対する期待権を有するに留まり、具体的な請求権を有するものではないとされていますが、それでは受益者に利益を与えるという遺言者の意思が果たされなくなり、遺言を作成する意味がなくなってしまいます。

本件判決では、遺言者の意思を実現するという遺言の役割があることを前提に、直接請求権を認めても受遺者にとって不当に不利益を課すことにはならないという実質的な価値判断から、受益者の直接請求権を認めています。

4 直接請求ができる負担の内容

もっとも、負担の内容は、給付の適法性、実現可能性、確定可能性という債権の目的の一般的要件を備えている必要があり、どのような内容の負担でも直接請求権が認められるわけではないという点については、留意する必要があります。

負担付遺贈の受遺者として遺贈を受けた場合や、負担付遺贈の受益者になったけれども受遺者が負担の履行をしてくれない場合に、どのように対応すれば良いか悩まれた場合には、弁護士にご相談ください。

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