【弁護士による判例解説】「遺言執行者による預貯金の払い戻し」 東京地方裁判所平成14年2月22日判決

弁護士 八幡 康祐 (やはた こうすけ)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号57699)

今回は、本判決を通じて、遺言執行時のトラブルについてご紹介します。

1 遺言執行者とは

遺言執行とは、遺言の内容を実現する手続です。遺言の内容を実現するために、遺言者により指定され(民法1006条1項)、又は家庭裁判所により選任(民法1010条)された人のことを、遺言執行者といいます。

遺言執行者は、「相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」(民法1012条1項)とされています。

遺言執行者はこの権限に基づき、被相続人の預貯金を解約し、遺言の内容に従って相続人に分配する等の活動をするのです。

ところが、本判決は、遺言執行者が銀行に被相続人の預金の払戻請求等をしたところ、銀行から断られてしまったという事例です。

銀行はどのような理由から払い戻しを拒否し、これに対して裁判所はどのような判断をしたのでしょうか。

2 事案の概要

平成13年2月、Aさんは全財産を孫のBさんに遺贈することを内容とする遺言を作成し、同年5月に死亡しました。

その後、Bさんの母親は、本件遺言の内容を実現するため、家庭裁判所に遺言執行者選任の申立てを行い、Xさんが遺言執行者として選任されました。

そこでXさんは遺言執行者として、Aさんの預金の払い戻し等をY銀行に請求したところY銀行はこれを拒否しました。

その理由は、①遺言によって相続財産の全部は既にBさんに全て帰属することになったのだから、遺言執行者としてXが行う職務は観念できない、また、②金融機関は、遺言執行者が相続人の範囲や遺言についての争いのないことの説明がなされない間は払戻請求を拒否できるというものです。

そこで、XはY銀行に対して、預金の払い戻し等を求めて訴訟提起しました。

3 裁判所の判断

⑴ 遺言によって相続財産が既にBに帰属することになっても遺言執行者は払戻請求を行う権限を有するのか

裁判所は、Y銀行が主張する前記①の理由について、「預金債権についても、同様に名義変更などの手続をしないと包括受遺者は、第三者(表見相続人の債権者による差押など)に対抗できず…ここに遺言執行者の執行行為の職務が顕在化する」と判示しました。

つまり、名義がAさんのままだと、遺言を知らない他の相続人の債権者が預金を差し押さえることができてしまうため、Bさんに渡ることになる預金を守るためには、遺言執行者Xが名義変更を行う必要があり、この点で既に遺言執行者としての職務は観念できるということです。

その上で、「遺言執行者が、銀行に対し遺産である預金の受遺者への名義変更を求めたり、または払戻を受けてこれを受遺者に交付する行為は、まさに遺言の内容を具体的に実現するための執行行為そのものである。」とし、「包括遺贈の遺言について、遺言執行者がある場合には…遺言執行者は、受遺者の代理人とみなされるから、遺言執行者は、遺言執行行為として銀行に対し、預金の払戻請求をなす権限を有する」と判示しました。

⑵ 金融機関は遺言執行者が相続人の範囲や遺言についての争いのないことの説明がなされない間は払戻請求を拒否できるか

裁判所は、Y銀行が主張する前記②の理由について、「遺言執行者は包括受遺者を含む全相続人の代理人であるから、法定相続人の範囲や法定相続人間の紛議の有無に関わりなく、銀行に対し預金の払戻請求をなしうるし、銀行は遺言執行者の請求に応じて払戻をすれば、包括受遺者を含む全相続人との関係において免責される」と判示しました。

つまり、遺言執行者は全相続人の代理人であり、相続人の範囲は問題とならないし、銀行としても遺言執行者の請求に応じて払い戻しを行えば責任を問われることは無いということです。

その上で、Xは「検認済み遺言書と遺言執行者選任審判書を示して、本件預金の受遺者啓光への名義変更手続きを請求」しており、本来Y銀行は同請求を拒むことはできなかった」として、Y銀行の主張には理由がないと判示しました。

4 本判決の意義

本判決は、相続財産を全て遺贈するというような包括遺贈を内容とする遺言の中に、預金口座の解約権限等に関する記載が無い場合であっても、遺言執行者は、金融機関に対し、預貯金の解約や払戻し等の手続を行うよう求めることができる点を明らかにしました。

5 まとめ

金融機関等が遺言執行のために必要な手続きを拒んだ場合、遺言執行者としては、遺言の内容の実現を進めることができません。

遺言執行者としての職務遂行中、万が一金融機関等に手続を断られた場合には、裁判例に従って手続を進めるよう、説明を行う必要があります。

以上

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