【弁護士による判例解説】「死亡退職金は遺産に含まれるか」

弁護士 根岸 小百合 (ねぎし さゆり)
多湖総合法律事務所 代表弁護士
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号44683)
保有資格 / 弁護士

死亡退職金とは、本来、従業員本人に支給されるはずであった退職金を、その従業員の死亡により、遺族等が受け取ることになったものです。

死亡退職金については、被相続人が勤務していた企業等に退職金制度がある場合に支払われるものですが、相続との関係では遺産に含まれるのか否かが問題となります。

例えば、Aさんが亡くなり、会社から死亡退職金が支給されることになりました。当該会社の退職金規程では、死亡退職金の受給者は、①配偶者、②配偶者がいない場合は、労働者の死亡当時、その収入によって生計を維持していた子」と規定されていました。

Aさんの相続人が、後妻Bさんと先妻との間の子Cさんの二人であった場合、Cさんは、Bさんが受け取った死亡退職金のうち2分の1は自己が取得する権利があるとして、Bさんに2分の1を寄越せと請求することができるでしょうか。

この点について、以下、判例をご紹介しながらご説明いたします。

1 最高裁昭和58年10月14日判決

(1) 事案の概要

本件は、滋賀県立高校の教諭であった亡甲が、遺言書で、甲の受けるべき退職手当を甲の母と兄弟に遺贈したとして、甲の遺言執行者であるXから滋賀県(Y)に対して、退職手当の支払いを求めたものです。

甲は、3年余り病気で苦しんでおり、上記遺言書を残して自殺しましたが、甲の死亡時には別居中の妻乙がいました。Yの条例では、死亡退職手当は遺族に支給するとし、支給を受ける遺族のうち第1順位は配偶者とされていました。

Yは、条例に基づき、甲の死亡退職手当は妻乙に支給すべきものであって、甲の遺産に属さないとして、Xに対する退職手当の支給を拒否しました。

裁判所は、一審、二審とも、死亡退職手当は甲の遺産に属さず妻乙に固有に帰属すると判断して、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。

(2) 裁判所の判断

滋賀県学校職員退職手当支給条例によると、死亡退職手当は遺族に支給するものとし、支給を受ける遺族のうちの第一順位者は配偶者であって、配偶者があるときは、他の遺族は全く支給を受けないこと、当該職員の死亡当時、主としてその収入によって生計を維持していたか否かにより順位に差異を生ずること、直系血族間では孫より父母が先順位となり、嫡出子と非嫡出子が平等に扱われ、父母や祖父母については養方が実方に優先するものとされていることなど、受給権者の範囲及び順位につき、民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なった定め方がされていることが明らかであるから、条例の規定は、専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右規定により直接死亡退職手当を自己固有の権利として取得する、そうすると、甲の死亡退職手当の受給権は、甲の遺産に属さず、遺贈の対象とすることはできない、と判示しました。

2 考察

死亡退職金の法的性質については、①賃金の後払いとしての性質、②遺族の生活保障としての性質等が指摘されており、①の性質に着目すれば遺産性を肯定する方向へ、②の性質に着目すれば遺産性を否定する方向へ傾くことになります。

そして、本判決は、条例の規定に定められた受給権者の範囲、順位等の決定方法が民法の相続人の決定方法と異なっていることから、支給規定の趣旨が賃金の後払いではなく、遺族の生活保障にあると考えられるとして、死亡退職手当は、遺産に属さないと判断しました。

これを踏まえると、冒頭の事例では、退職金規程で、配偶者があるときは他の遺族は全く支給を受けない点で民法の規定する相続人の順位決定とは異なっていること、第2順位の受給権者(子)について、労働者の死亡当時その収入によって生計を維持していたことを要件としていることから、死亡退職金は、遺族の生活保障を目的とした権利であって遺産に属しないと考えられます。

したがって、死亡退職金請求権はBさんの固有の権利であって、相続人であるCさんは、Bさんに半分寄越せと請求することはできないという結論になります。

このように、死亡退職金が遺産に属するか否かについては、一律に決し得るものではありません。退職金に関する規定がある場合には、それを根拠に、死亡退職金の性質、目的から個別具体的に検討し、また、退職金に関する規定がない場合には、従来の支給慣行や支給の経緯等を勘案して個別に遺産性を検討することが必要となります。

死亡退職金が遺産に含まれるか否かは、相続放棄との関係でも重要となります(すなわち、遺産に含まれる場合は退職金を受け取ると相続放棄できなくなります)。判断に迷う場合には、弁護士にご相談されることをお勧めいたします。

以上

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