【弁護士による判例解説】「一度作成した遺言の撤回」 最高裁平成9年11月13日判決

弁護士 松浦 薫 (まつうら ゆき)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号52876)

遺言書を作成した後で、財産状況や、ご親族との関係性が変わるなどして、一度作成した遺言書を撤回したい、という場合もあるかと思います。

遺言の撤回については、民法1022条において、「遺言は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。」と規定されています。

または、後の遺言で「前の遺言を撤回する」と明示していなくても、前の遺言と抵触する遺言を新たに作成したり、前の遺言と抵触する法律行為(財産の生前処分など)を行ったりした場合、抵触する部分は前の遺言を撤回したものとみなされますし(民法1023条)、遺言者がわざと遺言や、遺贈の目的物を破棄した場合も、破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなされます(民法1024条)。

「遺言の撤回」自体が、撤回、取消し、無効となった場合でも、一度撤回された遺言の効力は復活しません(民法1025条)。

ただし、錯誤、詐欺、強迫によって撤回をしてしまった場合は、撤回行為の取消し、無効によって、撤回された遺言の効力は復活します(民法1025条ただし書き)。

それでは、遺言①、遺言②、遺言③と、3回遺言が作成され、遺言②で遺言①を撤回した後、遺言③で遺言②を撤回した場合、遺言①の効力は復活するのでしょうか。

民法1025条からすると、錯誤、詐欺、強迫によらない場合、一度撤回された遺言は復活しないようにも思えます。この点について判断した、最高裁平成9年11月13日判決をご紹介いたします。

1 事案の概要

遺言者には、訴訟の原告Xと被告Yを含む5人の共同相続人がいます。遺言者は、生前、複数回、遺言の作成を行っていました。

細かい部分を省いてご説明しますと、それぞれの遺言の内容は、以下のとおりです。

  • 遺言①:相続人らへの遺産の分割方法を細かく指定し、不動産の一部は、Yに相続させるものとされていました。
  • 遺言②:遺言①と異なる遺産の分割方法を指定した上で、「この遺言書以前に作成した遺言書はその全部を取り消す」と記載されていました。
  • 遺言③:「Xに渡した遺言状は全て無効とし弁護士のもとで作成したものを有効とする。」と記載されていました。なお、弁護士が関与して作成された遺言は、遺言①のみでした。

裁判では、遺言③の記載によって、遺言②により一度撤回されている遺言①が復活するか、という点が争われました。

第1審の高松地方裁判所観音寺支部では、遺言者が遺言③によって遺言①を復活させようとしている意思は認められるけれども、他の遺言との矛盾を避け、遺言の内容をできるだけ明確にしておくという民法1025条の趣旨から、遺言①は復活せず無効である、と判断されました。

これに対し、Yが控訴し、控訴審の高松高等裁判所では、遺言③によって遺言①を復活させようとしていた遺言者の意思が明らかである以上、民法1025条の条文にかかわらず、遺言自由の原則に照らして、遺言①の復活を認めました。

このように、第1審と控訴審で判断が分かれる中、最高裁判所は、次のように判断しました。

2 最高裁平成9年判決の概要

最高裁平成9年判決は、結論として、控訴審と同じく、遺言①の復活を認めました。

「遺言自由の原則」を理由とした控訴審に対して、最高裁は、「遺言(以下「原遺言」という。)を遺言の方式に従って撤回した遺言者が、更に右撤回遺言を遺言の方式に従って撤回した場合において、遺言書の記載に照らし、遺言者の意思が原遺言の復活を希望するものであることが明らかなときは、民法1025条ただし書の法意にかんがみ、遺言者の真意を尊重して原遺言の効力の復活を認めるのが相当と解される。」として、遺言①の復活を認めました。

3 最高裁平成9年判決の解説

最高裁は、「民法1025条ただし書の法意」から、遺言①の復活を認めました。民法1025条ただし書とは、「遺言の撤回が錯誤、詐欺、強迫によるものだった場合、撤回行為の取消し、無効によって、撤回された遺言の効力は復活する」というものです。錯誤、詐欺、強迫によって撤回してしまったということは、撤回行為自体が遺言者の真意に基づくものではなかった、ということになります。

そこで、遺言者の真意を尊重するために、錯誤、詐欺、強迫によって遺言の撤回をしてしまった場合、撤回行為が取り消されれば、撤回された遺言の効力が復活するのです。

今回の事例では、錯誤、詐欺、強迫によって撤回したわけではありませんが、「遺言者の真意を尊重する」という「民法1025条の法意」を強調して、遺言④によって遺言①を復活させたいという遺言者の意思が明らかである以上、一度撤回された遺言①の復活を認めるべきだと判断しました。

第1審では、民法1025条を理由として遺言①の復活を認めませんでした。それは、民法1025条ただし書きの部分ではなく、「撤回行為を撤回、取消し、無効としても、原則として前の遺言は復活しない」という、遺言の内容の明確性を重視した民法1025条本文の部分を強調しての判断でした。

しかし、今回の事例においては、「弁護士のもとで作成したものを有効とする」という、実質的に遺言①を特定して効力を復活させようとする遺言者の意思が明確であったことを理由に、遺言①の効力の復活が認められています。

遺言の内容の明確性、安定性を重視した第1審に対して、控訴審、最高裁は、遺言者の真意の尊重を優先させた判断であると言えます。

ただ、「遺言者の真意が明確であれば、遺言の撤回の撤回によって、前の遺言が復活する。」とひと口に言っても、何が遺言者の真意か、誰が見ても明確と言えるのかは、最終的に裁判所の判断となり、難しい問題を含みます。

そのため、遺言を撤回する場合、そして、遺言の撤回を撤回する場合には、遺言者の意思が一義的に明確になるように、改めて遺産の分割方法等を具体的に指定した遺言を作成するべきでしょう。

一度作成した遺言を作り直したい場合には、後に相続人間で紛争にならないよう、弁護士に相談して作成することをおすすめします。

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