【弁護士による判例解説】「遺産分割を経ずに被相続人が有していた投資信託の払い戻しを受けることが出来るか。」
相続人間で遺産分割が折り合わない場合、遺産分割というのは実に長い時間がかかることがあります。
相続税の支払いに巨額のお金が必要になることがありますが、預金で一部の払い戻しが認められているように遺産分割前でも、証券会社に対して自分が相続人として法定相続分を有しているとして、一定の投資信託の解約を求めることが可能なのでしょうか。
投資信託や国債、株式が当然分割となるかが争点となった判例について解説します。
1 最高裁平成26年2月25日判決
(1)事案の概要
本件は平成17年に他界した被相続人Aの子4名が争った事案で、株式、投資信託、国債について家庭裁判所において、子4人について法定相続分通り4分の1ずつ相続するという遺産分割審判が確定しました。
4分の1ずつの共有とするという判断は下ったものの、具体的に誰がどの有価証券について権利行使することが出来るか定まらず、遺産分割審判後に当事者間で交渉が持たれましたがそれも決裂したため、子の一人が原告として残りの三名に対して、各有価証券や国債を特定の人物に帰属させ、単独で手続きを可能にするための共有物分割訴訟を提起しました。
第一審は分割を認め、株式、投資信託、国債について、各相続人が具体的にどの銘柄をいくつ相続するか定めました。
しかしながら、控訴審である福岡高等裁判所は、有価証券等は分割債権であるため、遺産の対象とならず、相続開始と同時に当然分割されて、相続人が承継すると判断しました。
そのため、最高裁判所において、国債や投資信託等の有価証券の法的性質(当然分割として遺産分割を経ずに各相続人が権利行使をすることが出来るか)が争われました。
(2)裁判所の判断
最高裁判所は、まず株式について、「株式は、株主たる資格において会社に対して有する法律上の地位を意味し、株主は、株主たる地位に基づいて、剰余金の配当を受ける権利、残余財産の分配を受ける権利などのいわゆる自益権と、株主総会における議決権などのいわゆる共益権とを有するのであって、このような株式に含まれる権利の内容及び性質に照らせば、共同相続された株式は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない」として、当然分割を否定しました。
次に、投資信託については、「投資信託受益権は、委託者指図型投資信託(投資信託及び投資法人に関する法律2条1項)に係る信託契約に基づく受益権であるところ、この投資信託受益権は、口数を単位とするものであって、その内容として、法令上、償還金請求権及び収益分配請求権(同法6条3項)という金銭支払請求権のほか、信託財産に関する帳簿書類の閲覧又は謄写の請求権(同法15条2項)等の委託者に対する監督的機能を有する権利が規定されており、可分給付を目的とする権利でないものが含まれている。」などと述べて、当然分割を否定しました。
そして、国債についても、個人向け国債は、法令上、一定額をもって権利の単位が定められ、1単位未満での権利行使が予定されていないと述べて、国債についても、当然分割を否定しました。
そのため、本件は共有物分割請求が相当として、原審に差し戻されました。
(3)考察
本件はそもそもの家庭裁判所での遺産分割審判において、投資信託や国債等について4分の1ずつとする持ち分が定められているため、相続人4名が、共同で全ての有価証券類を解約した上で解約金を4分の1ずつ分配する取り扱いを行えばそれで全て解決可能な事案でした。
しかしながら、第1審判決を読み解くと、相続人のうちの一部の相続人が、親族関係を円満に修復しない限り、有価証券類の解約の手続きには応じないと反対したため、現金化を希望する他の相続人は、共有状態の有価証券類の現金化をすることが出来なくなり、共有物分割請求の提起を行った経緯があるようです。
一部の相続人が手続きに応じないと解決までにかなりの時間を要してしまうというのが、相続手続きの難しいところです。
この事件で疑問なのは、最初の遺産分割審判の段階において共有状態にしてしまうと、本件のように株式、国債、投資信託の現金化が出来なくなる事態が発生してしまうところ、有価証券類は、分筆しない限り切り離せない不動産とは異なるのですから、具体的相続分に応じて、家庭裁判所がそれぞれの相続人に個別の有価証券類を帰属させれば良かったようにも思います。
しかし、共有状態とするという判断が下されてしまった以上は、共有物分割訴訟というこのような解決方法を取らざるを得なかったように思います。
いずれにせよ、有価証券類は当然分割とはならないため遺産分割を経ないと権利行使が出来ません。相続税の納付期限も見据えながら、遺産分割については、迅速に進めていく必要があります。
2 投資信託の分配金の取り扱い
以前、当事務所の判例解説でご紹介した通り、最高裁平成17年9月8日判決は、遺産である賃貸不動産から生ずる賃料債権について、「遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて確定的に取得する。」と判示し、遺産分割を経ずとも、賃料債権については、相続人が取得できると述べています。
これとパラレルに考えるのであれば、投資信託から生じる分配金についても、賃料債権と同様に、共同相続人が共有する受益権の法定果実として受益権とは別個の財産(遺産とは別個の財産)と考えれば、共同相続人がそれぞれの相続分に応じて取得することが出来るようにも思えます。
しかし、最高裁平成26年12月12判決は、これを否定し、相続開始後遺産分割までに発生した分配金や元本償還金については、信託受益権の内容を構成するものであるとして、遺産分割の対象となると判示したのです。
そのため、投資信託本体のみならず、分配金等についても遺産分割の行方を待つ必要があることとして実務の運用も確定しました。
有価証券に生じる分配金についても、遺産分割をする場合には、財産目録に漏れがないように十分に注意する必要があります。
以上