【弁護士による判例解説】「負担付死因贈与の撤回の可否」最高裁判所昭和57年4月30日判決

弁護士 八幡 康祐 (やはた こうすけ)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号57699)

皆さんは負担付死因贈与という言葉をご存知でしょうか。

今回は、負担付死因贈与の撤回についての判例をご紹介します。

1 事実の概要

昭和35年5月、Aは長男Xとの間で、Xが会社に勤めている間はAに毎月3000円以上の金銭を渡し、さらに年2回のボーナスの半分を渡してくれれば、Aの遺産全てを死亡時にXに贈与する旨の契約を締結しました。

これは、贈与する人の死亡によって贈与の効力が生じ、受贈者が一定の義務を負担するもので、このような内容の贈与契約を負担付死因贈与といいます。

簡単に言えば、「自分が死んだら遺産を全部やるから、あなたが会社を定年退職するまで毎月○○円の生活費を送ってくれ」という内容です。

昭和35年当時の大卒者の初任給は月額1万3000円程ですから、毎月3000円とボーナスの半分を送るというのは、Xにとってそれなりに大きな負担であったことでしょう。Xは、その後昭和53年3月末に勤務先を退職するまでの約18年間、Aと約束した負担を履行しました。

ところが、Aはこの負担付死因贈与契約の後になって、遺産を全て弟と妹であるYらに遺贈する自筆証書遺言を書いていました。

驚いたXは、Yらに対し、負担付死因贈与契約により、Aの財産はAの死亡によって全てXのものとなったのであるから、Aの遺言は相続財産に属さない権利についてなされたもので無効であるとして、遺言無効確認の訴えを提起しました。

2 本判決の争点

本判決の争点は、負担付死因贈与の撤回の可否です。民法をみると、死因贈与については民法554条により、遺贈の規定が準用されるとされています。

そして、遺言の撤回については、「遺言者は、いつでも…その遺言の全部又は一部を撤回することができる」(民法1022条)、「前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす」とされています。

このような規定があるのは、遺言者の最終意思を尊重すべきとされるためですが、これらの規定をそのまま読むと、遺言者は先に負担付死因贈与契約を締結し、生前に負担を履行させておきながら、遺言で自由に撤回できることになります。

しかし、そうなると、Xのような負担を履行した受贈者は大きな不利益を負うことになります。

このような負担付死因贈与の撤回は許されるのでしょうか。

3 裁判所の判断

⑴ 第1審、第2審

本判決の1審、2審はともに、負担付死因贈与についても民法554条により遺贈の規定が準用され、遺言の撤回に関する民法1022条、1023条が準用される結果、遺言により本件負担付贈与は撤回されたとして、Xの請求を棄却しました。

⑵ 本判決

本判決は、「贈与契約締結の動機、負担の価値と贈与財産の価値との相関関係、右契約上の利害関係者間の身分関係その他の生活関係等に照らし右負担の履行状況にもかかわらず負担付死因贈与契約の全部又は一部の取消をすることがやむをえないと認められる特段の事情がない限り、遺言の取消に関する民法一〇二二条、一〇二三条の各規定を準用するのは相当でない」と判断し、Xの主張を認め、原審に差し戻しました。

その理由として、本判決は「受贈者が約旨に従い負担の全部又はそれに類する程度の履行をした場合においては、贈与者の最終意思を尊重するの余り受贈者の利益を犠牲にすることは相当でない」という点を挙げています。

4 本判決の意義

本判決は、負担の履行期が贈与者の生前と定められている場合において、受贈者が負担の全部又はこれに類する程度の履行をした場合、特段の事情がない限り撤回できないという点を明らかにした点に意義があります。

つまり、Aと約束した負担をAの生前にXがしっかりと履行していた場合、原則としてAは負担付死因贈与を撤回できず、撤回できるのは特段の事情がある場合に限られるということです。

本件でもXは、Aの遺産をもらえると約束していたからこそ、18年もの間Aに多額の生活費を送っていたわけですから、これを自由に撤回できるとされては大きな不利益を負うことになります。

遺言はAの最終意思で尊重されるべきとはいえ、このようなXの「利益を犠牲にすることは相当でない」と判断されたのです。

5 撤回できる特段の事情

本判決は、受贈者の負担の履行という条件付きの権利の保護と、贈与者の最終意思の尊重との調整を図るものです。

そのため、受贈者の権利を保護する必要性があまり認められない場合や、より贈与者の最終意思を尊重すべき場合には、撤回できる特段の事情が認められる方向に傾くということになります。

この点、本判決は、撤回できる特段の事情の有無は①贈与契約締結の動機、②負担の価値と贈与財産の価値との相関関係、③契約上の利害関係者間の身分関係その他の生活関係等によって判断されるとしています。

①贈与契約締結の動機については、たとえば贈与者において当該負担付贈与契約を締結する必要性に乏しく、契約締結の動機が弱いというような場合には、贈与者の最終意思をより慎重に検討すべきということになるでしょうから、撤回できる特段の事情を認める方向に傾くと考えられます。

②負担の価値と贈与財産の価値との相関関係については、たとえば負担の内容がさほど重くなく、贈与の対象となる財産の価値が負担の内容に比べて圧倒的に大きい場合には、受贈者の権利を保護する必要性に乏しいといえ、撤回できる特段の事情を認める方向に傾くと考えられます。

③契約上の利害関係者間の身分関係その他の生活関係については、たとえば贈与者と受贈者の人間関係が悪化し、当該負担付贈与契約を締結、維持するための信頼関係が崩壊しているような場合で、前記負担の価値と贈与財産の価値に照らして、贈与者の最終意思を優先すべきというような場合には、撤回できる特段の事情を認める方向に傾く事実として扱われることになろうかと思います。

なお、本判決と同様に負担付死因贈与の撤回の可否が問題となった東京地方裁判所平成5年5月7日判決も、これらの事情を総合考慮して特段の事情の有無を判断しています。

6 おわりに

本判決は、負担の履行期が贈与者の生前と定められた場合で、かつ負担を全部又はこれに類する程度の履行がなされた場合に限定したものであり、その他の負担付死因贈与についても同様の取扱いがされるかは判断したものではないので注意が必要です。

しかしそれでも、本判決は、本件のようなXA間の負担付死因贈与契約と、Yらに向けられたAの遺言の効力の関係について、一定の回答を示したものとして、重要といえます。

以上

初回60分相談無料

相続トラブル・手続きのお悩みはお任せください

要予約

無料相談予約はこちら

0120-359-138
平日9:00〜18:00 ※ご予約で夜間土日祝対応可能
24時間受付中/メール相談予約フォームはこちら
※土日祝除く / 夜間・土日祝相談対応可能(要予約) / 相続相談に限る。