【弁護士による判例解説】「被相続人名義の借入金がある場合の遺産分割」

弁護士 根岸 小百合 (ねぎし さゆり)
多湖総合法律事務所 代表弁護士
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号44683)
保有資格 / 弁護士

1 はじめに

被相続人名義の借入金がある場合、その借入金は遺産分割においてどのように扱われるのでしょうか。

この点、借入金(以下「債務」といいます)は、相続により法律上当然に分割され、各相続人が法定相続分で承継するため、遺産分割の対象とはならないとされています(最高裁昭和34年6月19日判決)。

もっとも、遺言で債務について法定相続分とは異なる指定をした場合には、その指定は、相続人間においては有効とされています。

それでは、その場合、債権者との関係はどうなるのでしょうか。

また、相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がなされたものの、債務については、遺言書に何の記述もなかった場合はどうでしょうか。

2 最高裁判所平成21年3月24日判決

(1)事案の概要

Aには、推定相続人として子B、Cがいます。Aは、平成15年7月23日、Aの所有する財産全部をBに相続させる旨の公正証書遺言(以下「本件遺言」)をしました。Aは、同年11月14日に死亡し、BとCが相続人となりました。

Aの遺産は、積極財産として4億3231万7003円、消極財産(債務)として4億2483万2503円でした。Cは、Bに対して、遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をしました。

Cは、Aの債務については法定相続分に応じて当然に分割され、2分の1をCが負担することになるから、Cの遺留分の侵害額の算定においては、積極財産4億3231万7003円から消極財産4億2483万2503円を差し引いた748万4500円の4分の1である187万1125円に、自己が負担する相続債務の2分の1に相当する2億1241万6252円を加算しなければならず、遺留分侵害額は2億1428万7377円となると主張しました。

これに対し、Bは、本件遺言によりBが相続債務をすべて負担することになるから、遺留分侵害額の算定において遺留分の額に相続債務の額を加算することは許されず、侵害額は、積極財産から消極財産を差し引いた748万4500円の4分の1である187万1125円であると主張しました。

(2)裁判所の判断

相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされた場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないと判示し、Cの上告を棄却しました。

3 考察

遺留分の侵害額は、遺産に遺留分の割合を乗じて算定された遺留分の額から遺留分権利者が相続によって得た財産額を引いた上、同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定するとされています。

上記判決は、遺留分の侵害額の算定にあたり、被相続人Aが負っていた債務の法定相続分相当額を遺留分権利者が負担すべき相続債務の額として遺留分の侵害額に加算すべきかどうかが争われた事案において、遺言者の意思解釈として、遺産全部を一人の相続人に相続させる遺言がされた場合には、特段の事情がない限り、相続分の全部が当該相続人に指定され、相続人間においては、相続債務もすべて当該相続人が承継するものとしました。

さらに、上記判決も判示していますが、遺言による相続債務についての相続分の指定は、債権者に対してはその効力が及ばないとされています。

したがって、遺留分権利者は、相続債権者から法定相続分に従った債務の履行を求められた場合は、これに応じなければならないものの、債権者の請求に応じて返済しても、その部分を遺留分の額に加算することはできないことになります(あとは遺留分権利者から遺産全部を取得した相続人への求償の問題となります)。

4 おわりに

全財産を一人の相続人に相続させるとした場合を含め、遺言で債務について相続分を指定した場合、相続人間では有効とされますが、その指定は債権者には対抗できません。

そのため、遺産にローン付の不動産がある場合には、遺産分割協議に際して注意が必要となります。相続人間の協議で、当該不動産を特定の相続人が相続すると決めても、ローン債権者との関係では、ローンは当然に法定相続分で分割されてしまいます。

したがって、このような場合、相続人は、遺産分割前に、ローン債権者と協議し、ローン債権者に、不動産取得予定の相続人が単独で債務を相続し、他の債権者の債務は免責することを認めてもらうことが必要となります。

また、遺産分割調停が不成立となった場合は、審判に移行しますが、相続債務は遺産ではないため、審判においては相続債務は一切考慮してもらえません。

このように、相続債務には注意すべき点が多いため、被相続人名義の借入金がある場合の遺産分割の際は、一度、弁護士へご相談いただくことをお勧めします。

初回60分相談無料

相続トラブル・手続きのお悩みはお任せください

要予約

無料相談予約はこちら

0120-359-138
平日9:00〜18:00 ※ご予約で夜間土日祝対応可能
24時間受付中/メール相談予約フォームはこちら
※土日祝除く / 夜間・土日祝相談対応可能(要予約) / 相続相談に限る。