【弁護士による判例解説】「使途不明金と遺産分割調停」 最高裁判所昭和29年4月8日判決、最高裁昭和54年2月22日判決

弁護士 八幡 康祐 (やはた こうすけ)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号57699)

今回は、遺産分割における使途不明金の取扱いについて、使途不明金の法的性質についてご説明しながら、お話ししたいと思います。

1 遺産分割で生前の使途不明金が問題となるケース

たとえば、兄弟XYのうち、弟Yが生前母親Aの面倒を見ていたという例を思い浮かべてください。

母Aの死後、XがAの通帳を見ると、高額な金額が毎月のように引き出される使途不明金が明らかとなり、どうやらYが生前のAに無断で400万円ものお金を使い込んでいたことが発覚した場合、この使途不明金は法的にどのような性質を有するのでしょうか。

Yの使い込みの態様にもよりますが、基本的にはYがAの財産を法律上の原因無く利得したといえ、Yによる不当利得(民法703条)ということになるでしょう。

そうすると、生前母Aは、二男Yによって、不当に自らの財産を使い込まれていたことになりますから、AはYに対して、「使い込んだ400万円を返せ」という不当利得返還請求権を有していたことになります。

では、母Aが亡くなった場合、この400万円の不当利得返還請求権はどうなるのでしょうか。

Xは、Yに対して、Aの遺産分割の中で、Yが使い込んだ400万円を返せと請求できるのでしょうか。

2 最高裁判所昭和29年4月8日判決

同判決は、「相続人数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する」としています。

先ほどのAがYに対して有していた400万円の不当利得返還請求権は可分債権ですから、同判決によれば、共同相続人であるXとYが2分の1ずつ当然に分割して取得することになります。

つまり、Xは、遺産分割を経ることなく、AがYに対して有していた400万円の不当利得返還請求権のうち200万円分についてのみ、相続により取得するということです。

これは、AがYに対して有していた400万円の不当利得返還請求権は、遺産分割の対象にならないということを意味します。

したがって、基本的にAの遺産分割において、XはYが使い込んだ使途不明金を返せと請求することはできず、別途不当利得返還請求訴訟を提起する必要があり、しかもその範囲は200万円分についてのみであるということになります。

3 使途不明金を遺産分割協議で扱えるケース

⑴ 遺産分割の対象とする相続人全員の合意(最高裁昭和54年2月22日判決)

最高裁昭和54年2月22日判決では、「共有持分権を有する共同相続人全員によつて他に売却された右各土地は遺産分割の対象たる相続財産から逸出するとともに、その売却代金は、これを一括して共同相続人の一人に保管させて遺産分割の対象に含める合意をするなどの特別の事情のない限り、相続財産には加えられず、共同相続人が各持分に応じて個々にこれを分割取得すべきものである」とされています。

同判決は、使途不明金に関する裁判例ではありませんが、「遺産分割の対象に含める合意をするなどの特段の事情のない限り、相続財産には加えられず」という部分が重要です。

つまり、原則として遺産分割の対象にならない不当利得返還請求権も、相続人全員が合意していれば、例外的に遺産分割の対象にできるということです。

しかしながら、前記の例でYが無断での使い込みを認めているような場合には、Yが遺産分割の対象にすることを合意することも考えられますが、使い込みを認めることは稀です。

Yが無断での使い込みを認めない場合には、遺産分割で使途不明金問題を解決することはできず、やはりXはYに対し、別途不当利得返還請求訴訟を提起する必要があります。

⑵ 被相続人から贈与があったと主張されるケース

前記の例で、Yが使途不明金に関し、生前にAから贈与を受けたものだと主張し、これをXも争わないケースでは、金額にもよりますが、当該使途不明金は特別受益として扱われる可能性があります。

特別受益とされた場合、贈与された財産を相続財産に持ち戻し計算をした上で、現に残っている遺産の分割をすることになります。

たとえば、Aの相続財産が100万円、相続人である兄Xと弟Yのうち、YがAから生前に1000万円の援助を受け、これが特別受益に当たる場合、まず相続財産100万円に特別受益1000万円を持ち戻し、相続財産が1100万円であるとみなします。その上で、兄弟の各具体的相続分を算出すると、1100万円×1/2=550万円となりますが、既に弟Yは1000万円の特別受益を得ているので、弟Yの具体的相続分は550万円-1000万円=-450万円となります。

この場合、弟Yは実際に残っている相続財産100万円から相続分を取得することはできませんが(民法903条2項)、遺産分割に際して超過した部分を返還する必要はなく、その結果、兄Xが遺産分割で得られるのは100万円だけです。

そのため、遺産分割の時点で、現に残っている遺産が不足している場合、使途不明金を特別受益としても、Xは不公平だと感じることでしょう。

そこで、Xとしては、YがAから贈与を受けた事実を否認し、改めてYに対して使途不明金について不当利得返還請求のための訴訟提起をしたいところですが、既にXはYがAから譲り受けたものであることを遺産分割において認めているため、矛盾した主張をすることになります。

そのため、不当利得返還請求を行うことは困難です。

このように、Xとしては、使途不明金を特別受益と認めるべきかどうかは、遺産額に照らして慎重に判断する必要があります。

4 まとめ

以上のとおり、相続財産について使途不明金がある場合、多くの場合、遺産分割において解決することは容易ではありません。

別途不当利得返還請求訴訟を提起しなければならない可能性が高いことを踏まえ、どのような証拠があるのか、特別受益と認めてよいのか、慎重に判断することになります。

相続に伴う使途不明金についてどのような対応をすればよいかお困りの方は、お気軽にご相談にお越しいただければと思います。

以上

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