【弁護士による判例解説】「相続開始前に、遺留分を放棄したい/させたい」 東京高裁平成15年7月2日決定

弁護士 松浦 薫 (まつうら ゆき)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号52876)

民法には、相続開始前に裁判所の許可を得て遺留分を放棄することができる、という制度があります。

遺言によって自分以外の相続人が財産を取得することには納得しているので、とにかく親族間の相続争いに関わらないようにしてしまいたい、あるいは、相続人の一人に全てを相続させる遺言を確実に実現するため他の相続人には遺留分を放棄してもらいたい場合など、遺留分の放棄を利用したい場面は様々かと思います。

裁判例上、どのような場合に遺留分の放棄が認められるのか、東京高等裁判所平成15年7月2日決定を中心に、ご紹介いたします。

1 事案の概要

Aさんは、9歳のときに両親が離婚し、その後は父親と交流がありませんでした。

Aさんが成人した後、Aさんの弟が亡くなり、Aさんも父親も相続人として、弟の所有する株券の所有関係を巡って調停での話し合いが行われました。

調停の結果、株券の所有者はAさんとすることが確認されましたが、その際、父親側から、「自分は土地を持っているが、父親の弟(Aさんの叔父)に遺贈することになっているので、Aさんには遺留分を放棄してもらいたい。」という依頼がありました。

また、父親の方も裁判所への申立てまで行ったかははっきりしませんが、父親もまた、Aさんについて相続が開始したときには遺留分を放棄する、という約束をしていました。

そこでAさんは、父親について相続が開始する前に、遺留分の放棄を水戸家庭裁判所に申し立てました。水戸家庭裁判所は、父親がAさんに遺留分の放棄を依頼するに当たって合理的な代償利益が支払っていないことを理由として、申立てを却下しました。

Aさんは東京高等裁判所に即時抗告を申し立てた結果、東京高等裁判所は、以下のように判断しました。

2 東京高裁平成15年決定の概要

東京高等裁判所は、Aさんの遺留分の放棄を認める判断をしました。

その理由としましては、Aさんが水戸家庭裁判所からの照会に対して「遺留分放棄の申立てが真意であること」「誰かに遺留分を放棄するように強制されたことはないこと」などを回答しており、Aさんの真意に基づく申立てであると認められること、Aさんと父親が疎遠であり、遺留分を放棄することがAさんの弟の株券の所有を巡る調停の解決に繋がっていることから、遺留分の放棄を許可することによって法定相続分制度の趣旨に反する不当そうな結果をもたらす特段の事情がないことを挙げています。

3 東京高裁平成15年決定の解説

民法上、遺留分の放棄に裁判所の許可を必要とした趣旨は、そもそも遺留分が相続人の生活保障等の見地から遺言の内容にかかわらず特別に認められていることに鑑みて、被相続人その他の利害関係人から圧力を加えて遺留分を放棄させられるという不当な結果を招かないようにすることにあります。

原審の水戸家庭裁判所では、合理的な代償利益、つまり遺留分を放棄することに対する対価が何も支払われていないことに着目して、Aさんによる遺留分の放棄を認めませんでした。

審判の理由には、あまり詳しいことは記載されていませんが、遺留分が生活保障のためにあることから、それを事前に放棄させるためには、それなりの対価が必要であるという立場を貫いた結論であると考えられます。

一方で、抗告審の東京高等裁判所では、遺留分の放棄に関して対価が支払われていなかったとしても、Aさんと父親が長年疎遠であったことや、遺留分の放棄によってAさんの弟の株券に関する調停が解決した事情を重視し、「実質的な利益の観点からみても、抗告人の遺留分放棄は、不合理なものとはいえない。」と判断しています。

遺留分の放棄の許否を判断するに当たって、代償利益(被相続人の世話などの負担を免れることも含むと考えられます。)が支払われているかどうかは重要な判断要素になりますが、被相続人と法定相続人の関係性や、放棄に至った事情によっては、代償利益の支払いは必須の要素ではない、とした点において、本決定には意義があると考えられます。

4 遺留分の放棄に関するその他の裁判例

遺留分の放棄について、他の裁判例もご紹介いたします。

東京地方裁判所平成15年6月27日判決の裁判例

東京地方裁判所平成15年6月27日判決は、被相続人の生前に、相続人の間で、相続人の一人が「被相続人の相続の時、相続権を放棄してその権利を主張しない」という文言の入った合意書を作成していましたが、「相続権の放棄」には「遺留分の放棄」が含まれると解されるところ、裁判所の許可を経ていないので遺留分の放棄の効果は生じない、と判断されました。

裁判所の許可は法律上の要件ですので、これは当然の結論です。

東京地方裁判所平成11年8月27日判決の裁判例

東京地方裁判所平成11年8月27日判決は、相続に関連した裁判上の和解で、「将来、母親が死亡したときには、Xは相続分及び遺留分を請求しないことを約束する。」という条項を入れていたけれども、いざ母親について相続が発生した際に、家庭裁判所の許可がないから遺留分の放棄は無効であると主張して、遺留分を請求したという事案において、裁判所は、遺留分の請求は「著しく信義に反する」として、遺留分の請求を認めませんでした(一部事案を簡略化しています。)。

この裁判例は、家庭裁判所の許可がなくても裁判上の和解であれば遺留分の放棄ができるということを認めたものではなく、和解が行われた訴訟において、Xが実質的に母親から利益を得ていたことなどにも着目し、Xからの遺留分の請求を認めれば、和解の内容に反して利益を二重取りすることになるといった特殊な事情があることに注意する必要があります。

また、「縁を切る」ことの一つの方法として、遺留分の放棄をすることも考えられますが、その申立ての真意については慎重に判断する必要があります。

和歌山家庭裁判所妙寺支部昭和63年10月7日審判の裁判例

和歌山家庭裁判所妙寺支部昭和63年10月7日審判では、親の反対を押し切って婚姻届を出した翌日に申し立てられた、親を被相続人とする遺留分の放棄について、裁判所は、親(被相続人)の強い干渉の結果であると推認され、必ずしも申立人の真意であるとは即断できないとして、遺留分の放棄を認めませんでした。

5 遺留分の放棄の審判の取消

一度、裁判所に遺留分の放棄を申し立て、認められた場合、その判断は基本的には取り消せません。

ただし、遺留分放棄の合理性、相当性を裏づけていた事情が変化し、これにより遺留分放棄の状態を存続させることが客観的にみて不合理、不相当と認められるに至った場合は、審判を取り消し、変更することが許されるとされています(東京高等裁判所昭和58年9月5日決定)。

また、審判の取消は、相続の開始後であってもできるとされています(仙台高等裁判所昭和56年8月10日決定)。

遺留分放棄の審判を取り消した例はあまり多くありませんが、たとえば、相続人の一人が被相続人の面倒をみることを前提に、他の相続人が遺留分の放棄をしたにもかかわらず、その後、誰も被相続人の面倒をみなかった場合などには、審判を取り消すことが考えられます。

遺留分の放棄をしたい、させたいという動機は色々と考えられますが、家庭裁判所の許可を得るためには申立書の記載内容や代償利益の有無なども重要になってきますので、申立てを検討されている方は、一度、弁護士にご相談いただければと思います。

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