【弁護士による判例解説】「親が負担した学費は遺産分割の際に特別受益として考慮されるか」

代表弁護士 多湖 翔 (たこ つばさ)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号46487)

遺産分割を受任していると、親が負担したきょうだいの学費について、遺産分割調停の際に、特別受益として考慮できるかという点が良く問題になります。

そこで、大学院や海外留学費用の支出について特別受益に当たるかどうかが争われた名古屋高等裁判所令和元年5月17日をもとに、遺産分割調停における特別受益の該当性について解説します。

1 事案の概要

被相続人である父親が他界し、相続が開始しました。相続人は、被相続人の妻と子二人と、被相続人と前妻の間の子で、法定相続分は妻が2分の1、子ら三名が6分の1ずつです。遺産の範囲については特に争いがありませんでしたが、特別受益について強く争われました。

特に相続人の一人に対して被相続人が生前支払った上智大学、同大学院、その後の10年にも及ぶ海外留学費用が特別受益として考慮されるべきであるとして、争われました(なお、それ以外にも、現金の贈与や、自動車の贈与、結婚式費用など幅広い特別受益性が問題になりましたが、今回は学費に限定してご紹介します)

第1審の名古屋家庭裁判所は、特別受益性を否定したため、他の相続人が被相続人の子ら間での学費等の費用負担が著しく均衡を失しているとして、名古屋高等裁判所に即時抗告しました。

2 決定の概要

名古屋高等裁判所は、「学費、留学費用等の教育費については、被相続人の生前の資産状況、社会的地位に照らし、被相続人の子である相続人に高等教育を受けさせることが扶養の一部であると認められる場合には、特別受益には当たらないと解するのが相当である。

そして、被相続人一家は教育水準が高く、その能力に応じて高度の教育を受けることが特別なことではなかったこと、原審申立人が学者、通訳者又は翻訳者として成長するために相当な時間と費用を費やすことを被相続人が許容していたこと、原審申立人が、自発的に被相続人に相当額を返還していると認められること、被相続人が、原審申立人に対して、援助した費用の清算や返済を求めるなどした形跡はないこと~中略~また、被相続人は、生前、経済的に余裕があり、抗告人や抗告人の妻に対しても、高額な時計を譲り渡したり、宝飾品や金銭を贈与したりしていたこと、抗告人も一橋大学に進学し、在学期間中に短期留学していること、被相続人が支出した大学院の学費や留学費用の額、被相続人の遺産の規模等に照らせば、原審申立人の大学院の学費、留学費用は、原審申立人の特別受益に該当するものではなく、仮に特別受益に該当するとしても、被相続人の明示又は黙示による持ち戻し免除の意思表示があったものと認めるのが相当である。」と判示しました。

3 判断の妥当性について

この高裁の判断では、大学院の学費や、海外留学費用が特別受益としては認められていません。

しかし、これは、一般的に大学院の学費や海外留学費用が特別受益に当たらないことを意味しているわけではありません。

この審判の判断の理由中でも示されていますが、このご家庭が、特に高学歴一家であり、かつかなり裕福なご家庭で遺産も潤沢にあったというところが判断に影響したのだと思われます。恐らく、一般的な平均年収に近いご家庭で、他の相続人が高卒や大卒に留まるのであれば、大学院の学費や、その後の海外留学費用などは特別受益に当たる可能性が高いと思われます。

この決定の中でも学費等の特別受益性の判断で示されている「学費、留学費用等の教育費については、被相続人の生前の資産状況、社会的地位に照らし、被相続人の子である相続人に高等教育を受けさせることが扶養の一部であると認められる」か否かという判断基準は、他の裁判例でも使用されている一般的な考え方であり、これに基づいてこのご家庭のご事情について判断をして結果、ご紹介した結果になったということでしょう。

一般的には、大学院の学費やその後の海外留学費用というのは特別受益に当たる可能性が高い支出ですから、驚きの意味も込めてご紹介させて頂きました。

4 改正相続法による影響

ところで、遺留分の算定をするにあたり、法定相続人に対する生前贈与が特別受益として持ち戻し計算の対象となるのは相続開始前10年間の生前贈与に限るとする改正相続法が施行されています(民法1044条3項)。日本人の平均年齢を考えると、遺留分侵害額請求においては、学費等が問題になる可能性が少なくなります。

注意すべきこととして、令和5年4月1日からは、さらに新たな改正相続法が施行され、施行日前に発生した相続については5年間の経過期間(5年間は従前の法制度で出来る。)はあるものの、遺産分割において、相続開始から10年間が経過すると、寄与分や特別受益の主張が一切主張することが出来なくなり、法定相続分通りに遺産を分割することになりました。

これらの期間制限により、今後学費等が特別受益として問題となるケースは、従前よりは少なくなってくるかと思います。

以 上

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