【判例解説】「共同相続人に対する賃料相当額の請求」 最高裁判所平成8年12月17日

弁護士 八幡 康祐 (やはた こうすけ)
多湖総合法律事務所
所属 / 神奈川県弁護士会 (登録番号57699)

今回は、共同相続人が遺産不動産を占有する他の共同相続人に対し、賃料相当額を請求できるのかという問題について、最高裁がどのように判断しているのかご紹介します。

1 事実の概要

Aさんは、Yら2名と家族として本件土地建物で同居生活をし、家業を営んでいました。

その後、Aさんが死亡し、遺産となった本件土地建物は、遺言や相続分の譲渡を経て、Yら2名、Xら5名、他1名の合計8名らで共有状態となりましたが、本件土地建物は生前のAさんと同居していたYらがそのまま占有、使用していました。

そのため、XらはYらに対し、遺産である本件土地不動産の分割についての協議を申し入れましたが、協議は成立しませんでした。

そこで、XらはYらに対し、Xら各自の共有持分に応じた本件土地建物の賃料相当額(月額24万円)の支払い等を求め、訴訟を提起しました。

2 本判決のポイント

通常、相続人(本件Yら)は、相続開始前に同居者である生前の被相続人(本件Aさん)との間で、使用貸借契約書のような無償で家屋に住むことを定めた契約書を作成していることはありません。

多くの場合、相続人は、生前の被相続人と家族として無償で同居生活をしているのです(法的にいえば、相続人は被相続人の占有補助者として、被相続人の家屋にて同居していたことになります。)。

ところが、被相続人が死亡すると、相続人は被相続人の占有補助者ということはできなくなり、一見すると、当該遺産家屋に無償で生活する権利を失っているようにも思えます。

そこで、被相続人と同居していた相続人が、被相続人の死亡後も無償で遺産家屋に生活できるのは、どのような根拠に基づくのかという点が問題となります。

3 裁判所の判断

⑴ 第1審及び第2審

本判決の第1審及び第2審は、Xらが請求した賃料相当額の支払いについて、不当利得返還請求としてXの請求を認めました。

その理由として、XらとYらの間には、Yらが本件土地建物を無償利用する合意が認められないこと、Yらは自らの持分に相当する範囲を超えて共有物である本件土地建物全部を占有しており、占有使用できていないXらは法律上の原因なく損害を受けたといえることを挙げています。

⑵ 本判決

ところが、最高裁である本判決は、「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認される」と判断しました。

その理由は、「遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるから」というものです。

そして、「被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続する」と判断しました。

その上で、本判決はXの請求を認めず、かかる使用貸借契約の合意を否定するような特段の事情がないか等の審理を尽くさせるため、高裁に差し戻したのです。

4 本判決の意義

本判決は、被相続人の許諾を得て同居していた相続人は、特段の事情のない限り、被相続人の死亡を始期として、少なくとも遺産分割が終了するまでは、無償で居住し続ける使用貸借契約を締結していたものと推認されると判断したことに重要な意義があります。

つまり、被相続人と同居する相続人が明確に使用貸借契約を結んでいなくとも、被相続人の許諾を得た同居生活の事実を立証すれば、特段の事情のない限り、当該同居の相続人は、少なくとも遺産分割が終了するまでは、遺産不動産を無償で利用できることが明らかにされたということです。

5 本判決の射程

遺産不動産の無償利用が可能かの判断に際して、本判決を読む上で注意しなければならないことは、まず、本判決は係争建物が遺産共有状態であることを前提としていますから、遺言で特定の相続人に相続させる旨を指定した場合等、遺産共有状態にならないケースでは直接の射程は及びません。

また、被相続人との同居が求められている以上、まず更地や非居住用建物の場合にも本判決の直接の射程は及びませんし、当然ながら被相続人の死亡後に遺産不動産の占有を開始しても無償利用は認められません。

さらに、単なる同居ではなく、「被相続人の許諾」を得た同居でないといけませんから、生前被相続人が同居に反対していた場合にも、本判決の射程は及びません。

この点については、家族として同居生活をしていたという事実があれば、特段の反証のない限り、許諾を得た同居といえると考えられます。

6 終わりに

このように、本判決は、共同相続人に対する賃料相当額の請求について、重要な回答を示したものといえますが、判決の射程が及ばないケースも多く考えられるため、遺産不動産の無償利用が認められるかどうかの判断には、注意が必要です。

なお、本判決に関連して、同居相続人が被相続人の配偶者である場合、配偶者短期居住権(民法1037条)により最低6カ月間は無償の居住権が保護される可能性があります。

居住者が被相続人の配偶者である場合には、この点も検討が必要です。配偶者短期居住権については、またの機会にお話ししたいと思います。

以上

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