【判例解説】「被相続人の口座の動きを調べたい!」最高裁平成21年1月22日大法廷判決
相続が発生した場合、相続人は遺産分割について話し合うことになります。
預貯金については、残高をどう分けるか、という話し合いになりますが、残高が思っていたよりもかなり少ない、というようなこともあると思います。
被相続人の預金が適正に使われていたのか知りたい、というときに、相続人は、被相続人の口座の取引履歴を調べることができるのでしょうか。
1 事案の概要
亡くなった父親、母親がそれぞれ信用金庫に有していた預金口座の取引履歴について、父親、母親の相続人の一人が、信用金庫に取引履歴の開示を求めたところ、「相続人全員の同意がないと開示できない。」と断られたため、強制的な開示を求めて、訴訟を提起しました。
第1審の東京地方裁判所では、「相続人の一人が取引履歴の開示を強制できるとする法律上の根拠はない。」として、請求を棄却しました。
それに対して原告が控訴したところ、東京高等裁判所は、第1審の判断を覆し、信用金庫に対し、相続人に取引履歴を開示するよう命じました。
東京高等裁判所の判決に対して、金融機関が上告した結果、最高裁判所は、以下のように判断しました。
2 平成21年判決の概要
最高裁判所は、相続人の一人からの預金口座の取引経過の開示請求を認めました。
その理由としては、まず、「預金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には、預金の返還だけでなく、振込入金の受入れ、各種料金の自動支払、利息の入金、定期預金の自動継続処理等、委任事務ないし準委任事務の性質を有するものも多く含まれている。」「預金口座の取引経過は、預金契約に基づく金融機関の事務処理を反映したものであるから、預金者にとって、その開示を受けることが、預金の増減とその原因等について正確に把握するとともに、金融機関の事務処理の適切さについて判断するために必要不可欠であるというべきである。」として、金融機関は、預金者、すなわち被相続人との間では、口座の取引経過を開示すべき義務を負っている、と判断しました。
その上で、相続人の一人からの開示請求に応じる義務があるか、という点については、「預金者が死亡した場合、その共同相続人の一人は、預金債権の一部を相続により取得するにとどまるが、これとは別に、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる(民法264条、252条ただし書)というべきであり、他の共同相続人全員の同意がないことは上記権利行使を妨げる理由となるものではない。」として、相続人全員の同意がなくても、相続人の一人からの開示請求に応じる義務があることを明らかにしました。
3 平成21年判決の解説
被相続人の預金の取引経過については、相続人の誰も把握していないか、通帳を預かっている相続人だけが知っている、ということが多いと思います。特に後者の場合、状況によっては、被相続人の預金が使い込まれていたのではないか、という疑念を抱くこともあろうかと思われます。
その場合、通帳を預かっていた相続人が、過去の通帳を全て見せてくれれば良いですが、拒絶され、口座の動きを確認できないことがあり得ます。
直接金融機関に取引履歴の発行を依頼しても、「相続人全員の同意を取り付けてこないと、開示できない。」と言われてしまうと、それ以上、調べることもできません。
遺産分割調停や、使い込んだ金額の返還を求める不当利得返還訴訟などの裁判所での手続きを行えば、裁判所を通じて金融機関に取引履歴の開示を求めることも考えられますが、そもそも調停や裁判をすべきか検討するために取引履歴を調べたい、という場合もあるでしょう。
そんなときに、相続人全員の同意がなくても、相続人の一人からの請求があれば、被相続人の取引履歴を開示しなければならない、と判断したのが、今回の平成21年判決です。
相続人の一人による単独での開示請求を認める根拠として、裁判所が用いたのは、民法264条、同252条ただし書という、「共有」に関する民法の規定です。
「共有」と言いますと、不動産や動産などの「物」がイメージされるかと思いますが、金融機関に対する預金債権などの財産権を数人で保有についても、「準共有」といって、共有に関する法律の一部が準用されます。その準用される規定のひとつが、「ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。」という規定です(民法252条ただし書き)。
平成21年判決では、取引履歴の開示を預金契約上の地位に基づく保存行為だと解釈し、各相続人が単独で請求できる、と判断しました。
4 被相続人の生前に口座が解約されていた場合
では、生前に解約されていた口座の取引履歴についてはどうでしょうか。この点については、以下のような裁判例があります。
東京高等裁判所平成23年8月3日判決では、「銀行は、預金契約の解約後、元預金者に対し、遅滞なく、従前の取引経過及び解約の結果を報告すべき義務を負うと解することはできるが、その報告を完了した後も、過去の預金契約につき、預金契約締結中と同内容の取引経過開示義務を負い続けると解することはできない。」と判断し、相続人からの開示請求を認めませんでした。
被相続人が生前、口座を解約した際には、通常、解約までの取引経過が記載された通帳や、解約の結果、解約利息の金額などが被相続人に開示されているでしょうから、それ以上に、相続人に対して取引経過を開示する義務はない、という判断です。
もっとも、裁判所は「開示する義務がない」と判断しているだけに過ぎず、「開示してはいけない」と判断しているわけではないので、実際に開示が得られるかどうかは、各金融機関の判断になると思われます。
被相続人の口座に、生前、不審な出金などがあれば、特別受益や不当利得といった問題に発展する可能性がありますので、遺産分割について話し合う前提として、まずは口座の取引履歴を調査することが重要です。