【弁護士による判例解説】代襲相続人への贈与と特別受益
1.特別受益の持戻し
被相続人の生前、被相続人から遺産の前渡しと評価できるような生前贈与等を受けた人がいる場合に、その生前贈与等を全く考慮せずに法定相続分で相続させるとすると、法定相続人間に不平等が生じる可能性があります。
そこで、法定相続人の中に、相続開始前に被相続人から「遺産の前渡し」と評価できるような生前贈与等の利益を受けた人がいる場合には、その受けた利益を遺産に組み入れる必要があります。このことを「特別受益の持ち戻し」といいます。
民法903条は、持ち戻しをなすべき者として「共同相続人」に限定していますので、被相続人が、相続人本人ではなく、相続人の配偶者や子に贈与をしていた場合、当該贈与は原則として持ち戻しの対象とはなりません(※但し、当該贈与が、実質的に相続人本人に対する遺産の前渡しと考えられるような場合は例外的に持ち戻し対象となります)。
それでは、代襲相続が発生するケースではどのように考えればよいでしょうか。
例えば、被相続人Aが亡くなり、相続人は二女Xと孫Y(長女Bの子。長女BはAの死亡前に死亡している)であるところ、長女Bは生前、Aから自宅建築資金として1000万円の贈与を受けており、また、孫Yは、Aから、Bの生前に300万円、Bの死後に400万円の贈与を受けているというような場合、①A→Bへの1000万円の贈与、②A→Yへの300万円の贈与及び③A→Yへの400万円の贈与は、それぞれ孫Yの特別受益として持ち戻しの対象となるでしょうか。
この点について、以下の裁判例をご紹介いたします。
2.福岡高等裁判所平成29年5月18日判決
(1)事案の概要
被相続人A(平成23年7月2日死亡)の相続人は、二女であるXと長女B(平成16年2月25日死亡)の長男Y1及び二男Y2の3名です。長女Bが被相続人Aの死亡以前に死亡しているため、Y1及びY2は代襲相続人です。
Aは、Bの生前である平成元年12月にBに対して土地13筆(本件土地1)を、平成3年5月にBとY1に対して土地2筆(本件土地2)の共有持分2分の1を、Bの死亡後である平成16年4月にY1に対して土地3筆(本件土地3)を、それぞれ贈与しました。
Xは、B及びY1に対するAの贈与によって、Xの遺留分が侵害されているとして、Y1・Y2に対して遺留分減殺を求めました。
(2)争点
- Ⅰ 被代襲者(B)が生前に被相続人(A)から受けた贈与(特別受益)が、代襲相続人(Y1・Y2)の特別受益に当たるか。
- Ⅱ 推定相続人でない者(Y1)が被相続人(A)から贈与を受けた後に、被代襲(B)の死亡によって代襲相続人となった場合に、当該代襲相続人(Y1)の特別受益に当たるか。
(3)裁判所の判断
【争点Ⅰについて】
特別受益の持ち戻しは共同相続人間の不均衡の調整を図る趣旨の制度であり、代襲相続も相続人間の公平の観点から死亡した被代襲者の子らの順位を引き上げる制度であって、代襲相続人に被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はないこと、被代襲者に特別受益がある場合にはその子等である代襲相続人もその利益を享受しているのが通常であること等を考慮すると、被代襲者についての特別受益は、代襲相続人となった者との関係でも特別受益にあたる。
【争点Ⅱについて】
相続人でない者が、被相続人から直接贈与を受け、その後、被代襲者の死亡によって代襲相続人の地位を取得したとしても、当該贈与が実質的に相続人に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情のない限り、他の共同相続人は、被代襲者の死亡という偶然の事情がなければ、当該贈与が特別受益であると主張することはできなかったのだから、共同相続人に被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はない。また、被相続人が、他の共同相続人の子らにも同様の贈与を行っていた場合には、代襲相続人と他の共同相続人との間で不均衡を生じることになりかねない。したがって、相続人でない者が被相続人から贈与を受けた後に、被代襲者の死亡によって代襲相続人としての地位を取得したとしても、その贈与が実質的には被代襲者に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り、代襲相続人の特別受益には当たらない。
※もっとも、本件では、本件土地2については、実質的にはBへの遺産の前渡しと評価し得る特段の事情があるとして、本件土地2の贈与についてもY1の特別受益に当たると判断しています。
3.例題の解答
上記裁判例を踏まえると、冒頭の例題については以下のようになります。
①A→Bへの1000万円の贈与について
Yは、Bの1000万円の持戻義務を引き継ぎますので、Yの特別受益として持ち戻しの対象となります。
②A→Yへの300万円の贈与
代襲原因が発生する以前の贈与であり、その時点では代襲者は推定相続人ではないことから、原則として、持ち戻しの対象とはなりません。
ただし、A→Yへの贈与が、実質的にBに対する遺産の前渡しに当たる場合には、例外的に持ち戻しの対象となります。
この点、相続人である娘が家出し自分の子供に対する扶養義務を怠っていた事例で、被相続人が孫(娘の子)の生活費、学費を援助したことについて、実質的には当該相続人(娘)への贈与と評価した裁判例があります(神戸家裁尼崎支部昭和47年12月28日審判)。
③A→Yへの400万円の贈与について
代襲原因が発生した後の贈与ですので、代襲相続人という「共同相続人」に対してなされた贈与に当たるため、Yの特別受益として持ち戻しの対象となります。
以上